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30.毒を盛ったのは誰?
婚約者候補を決める初日は、ユーリ皇子殿下を囲んだ晩餐会だ。
この1年はユーリ皇子が毒殺に合わないように彼の食事は全て私が作ってきた。
「ユーリ皇子殿下は、これから毒殺の危機に晒され続けます」
未来から来たという私の言葉を殿下は信じてくれて、厨房に私が入れるよう計らってくれた。
ユーリ皇子殿下に提供し続けた食事は王族が食べるには粗食だったが、殿下が食への興味が薄かったので許された。
しかし今日は他国の来賓が多く訪れるので、食事として提供されるもの全てをチェックはできていない。
万が一毒が入ったものを食べても、聖女のエマ・ピラルクがいるから大丈夫だ。
私は不安を抱えながらも、晩餐会の席についた。
周りの人間の視線が一気に場違いの私に集まる。
ユーリ皇子殿下が、普段とは違う丁寧な口調で挨拶を始めた。
「皆様、今日ははるばる帝国まで御足労いただきありがとうございます。今、私の隣に座っているのは私が自分の婚約者にと考えているマリーナです」
殿下の挨拶に一瞬、訝しげな顔をした列席者も高貴な人間らしく表情を整えた。
「ユーリ皇子殿下にお会いできるのを楽しみにしておりました。シロギス王国の第一王女、アリア・シロギスと申します。今日は殿下の生まれ年のシロギス産のワインをお持ち致しましたので、是非ご賞味ください」
赤毛に赤い瞳をした気の強そうなアリア王女が挨拶する。
挑戦的な目で私を見たことから、彼女は本気でユーリ皇子の婚約者の座を狙いに来たことが分かる。
「ユーリ皇子殿下にお目にかかります。アイナメ王国の第二王女、メグ・アイナメと申します。殿下とたくさんお話しできるのを楽しみにしております」
茶髪に紫色の瞳をしたメグ王女は、大人しそうな方だ。
「ユーリ皇子殿下、殿下が運命の方だと生まれた時から母より伝えられてきました。ティクス王国より参りました。エマ・ピラルクと申します」
ピンク色のウェーブ髪に、クリクリ丸いエメラルドグリーンの瞳。
小柄で幼さが残るルックスは、私を弄び続けた親友の恵麻をモデルにしている。
私は奴隷で挨拶できる立場でもなく、先ほどユーリ皇子殿下が私を紹介してくれたので黙っていた。
しばらくすると料理が運ばれてくる。
メインのマヒマヒのポワレは、誠一の恵麻の結婚式でも提供されたものだ。
「私がお持ちしたシロギス産の白ワインがこのお食事に合いそうですわ」
アリア王女の合図と共に、ワインが私以外の皆のグラスに注がれる。
白ワインというが、ほんのり琥珀色をしていた。
保存状態が悪くて酸化した可能性もあるが、ここまで変色するだろうか。
コルクに穴を開いていて、そこから酸素が入れば急速に酸化してワインが変色する可能性がある。
コルクに細い穴を開けて、そこから毒を注入した可能性はないだろうか。
「殿下、失礼致します」
私は手元にあった銀のフォークを手に取り、殿下のグラスに入ったワインを掻き混ぜた。
「なんて、不躾な。リラ王国ではそのような習慣があるのですか?それともマリーナ元王女は1年以上に渡る奴隷生活で、テーブルマナーも忘れてしまったのかしら」
アリア王女の私を嘲笑うような嫌味が聞こえてくるが無視した。
「黙れ! アリア王女」
ユーリ皇子殿下の怒りの声が聞こえるが、彼はこれからもっと怒ることになるかも知れない。
「ユーリ皇子殿下、銀が変色しました。ワインに毒が入っております」
ユーリ皇子殿下は私の言葉を聞くなり、グラスをアリア王女に投げつけようとした。
私はその不躾な行為を止めようと咄嗟に殿下の手首を握った。
「そのようなはずはありません。殿下、私は毒入りのワインなど持ってきた覚えはありません」
帝国の騎士がアリア王女の喉元に剣を突きつけている。
アリア王女は一瞬にして帝国の皇子暗殺未遂の容疑者になった。
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