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35.早いところ捨てればよかった。
朝起きて、いつものようにユーリ皇子殿下の支度を手伝うために殿下の部屋に向かう。
殿下の部屋の前に少し人だかりができているのを疑問に思い、私は足を早めた。
「ユーリ皇子殿下が昨晩、私を無理やり⋯⋯」
素っ裸にシーツを纏ったエマ・ピラルクが悲壮な表情で集まってくる騎士達に訴えている。
「ピラルク男爵令嬢は純潔をユーリ皇子殿下に奪われたのです。ユーリ皇子殿下には責任をとって頂かねばなりませんね」
「ポール様⋯⋯」
騎士達の中にピンク髪のポール・メバルがいて、聖女エマに寄り添い労っている。
私は、今、怒りを必死に抑えている。
今、目の前にいるエマ・ピラルクは私が小説に書いたエマではない。
私が小説に書いたエマは私が親友の恵麻にそうあって欲しかったという理想の女性だ。
控えめで誰にでも優しく、思いやりに溢れた聖女のような女の子。
今、ポール・メバルに寄り添い嘘を吐いている馬鹿女は田代恵麻そのものだ。
恵麻は息をするように嘘をつく子だった。
彼女がそのような子だとは、私は幼稚園生の時から気がついていた。
周りの子達は彼女の嘘に振り回され続け、やがて彼女が虚言癖だと気がつくと去っていった。
それでも、小柄でクリクリした目をした天使のような見た目をした恵麻は男子には人気だった。
そして私も赤ちゃんの時からの友達ということで、彼女の嘘の最大の被害者であっても彼女を見捨てなかった。
彼女を見捨てるように唯一助言してくれた侑李先輩を避けて、恵麻といることを選んだのが私の最大の失敗だ。
お互いの母親が同じ産婦人科で同じ日に、私と恵麻をそれぞれ出産した。
その後、同室で入院生活を過ごして仲良くなっただけのこと。
(赤ちゃんからの友達って、私が選んだ友達じゃないじゃない⋯⋯早いところ恵麻を捨てればよかった)
「エマ・ピラルク男爵令嬢、その格好はどうなさったのですか?皇宮の廊下で服を着ていないあなたは獣と変わりませんね」
冷めたような私の声にそこにいた騎士達が一斉に振り向いた。
エマは、聖女とは思えない鬼の形相で私を睨みつける。
「聖女である私を前に随分と偉そうですね。ユーリ皇子殿下に婚約者として選ばれたことで、ご自分が皇族になったとでも勘違いなさっているのかしら。敗戦国の王女様は今、奴隷だと伺いましたが」
裸体にシーツを捲りつけながら挑戦的な目で見つめてくるエマ・ピラルクに思わず苦笑いが漏れた。
そして裸体の彼女を目の前に、動揺もせず寄り添っているメバル伯爵の不自然さが気になってくる。
その時、突然ユーリ皇子殿下の部屋の扉が開いた。
「マリーナ、えっと、この状況は⋯⋯」
ユーリ皇子殿下は、慌てて自分で着替えて部屋を出てきたのだろう。
明らかに上着のボタンがずれてしまっている。
そのような完璧過ぎないところも愛おしく感じてしまう程、本当は彼に惹かれている。
「ユーリ皇子殿下、あなたが選んだ女を信じてください。私は現状を把握出来ないほど馬鹿ではありません。今、この状況がどのように作られたか私には分かっております」
私の言葉にユーリ皇子殿下は柔らかく微笑みを返してくれた。
(彼のことが好きだわ⋯⋯もう、私は選択を間違わない。私を信じてくれる、愛する人を選ぶ)
「マリーナ様、探しました!大変な事実が見つかりましたよ!」
ユーリ皇子と見つめ合っていたら、静寂を切り裂くようなイサキの声が聞こえた。
私に走り寄ってくる彼は、目の下にクマがくっきりの明らかに徹夜明けだ。
彼がいつになくイキイキとしているということは、おそらく疑問が解決してスッキリしたのだろう。
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