ハインツ視点

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ハインツ視点

 時は、ウィリアム殿下及びマリア男爵令嬢の披露目の夜会、数日前へと遡る。  王城の謁見の間にてハインツは、ピカピカに磨かれた床に膝をつき、この城の主人である陛下が現れるのを待っていた。  やっとこの時が来た。  自然と口元に笑みが浮かぶ。そんなハインツの表情は入口を守る近衛騎士には見えない。  一段高い場所に設られた玉座の左側にある扉。王族のみ出入りを許される扉から現れた男こそ、グルテンブルク王国国王、カイザー・グルテンブルク陛下である。  金色の髪に同色の豊かな口髭を生やし、目元に刻まれた皺が柔らかな印象を与える。しかし、その大らかな見た目に騙されてはいけない。その見た目に騙され気を許せば、知らぬ間に取って喰われる。その政治的手腕で、葬り去った政敵は数知れず。今も、柔らかな雰囲気を放ちつつ、全く目は笑っていない。  気を引き締めて行かねば、こちらが喰われる。そんな予感がハインツの背を震わせる。  ここで失敗する訳にはいかない。最後の勝負に勝たねば、エリザベスを手に入れることは出来ない。  陛下が玉座に腰掛けるのを確認し、ハインツは口を開いた。 「本日は、陛下にお目通り叶いとても嬉しく存じます」 「ハインツよ、多忙なお主が何用で参ったのだ」 「内密に、お耳に入れておいた方が良い案件が見つかりまして……。陛下は、地方にある王家所有の教会の事はご存知でいらっしゃいますか?」 「王家所有の教会は、数多有るしなぁ。どれの事を言っているのか分からんのぉ~」  やはり簡単には認めないか。このタヌキ親父を黙らせるのは簡単ではない。陛下といい、ベイカー侯爵といい、良い性格をしている。  我が国の中枢に居座る男どもからしたら、自分はまだまだひよっ子なのだろう。ただ、ここで萎縮するような甘ちゃんな人生は歩んではいない。  この勝負、絶対に勝つ。 「――そうですか。陛下、私は以前から王城で働く女性にのみ課せられる、ある規則に疑問を持っていましてね。彼女達は、毎回月のモノが来ると必ず上司に報告し、その記録は女官長が管理しています。陛下はご存じでしたか?」 「さぁ、そんな些末な事まで我が知る訳なかろう」 「確かに、女官の月のモノなど陛下にとってはどうでも良い事でしょう。月のモノが来ようが、来まいが、女官の業務には関係ない。そんな事、誰だってわかります。それなのに、なぜ業務には関係ない個人的な情報を、規則として報告を義務付け、尚且つ女官のトップが管理しているのか?」 「そんなものは女官の健康管理の一環だろう」 「確かに、その可能性もあります。しかし、それ以外に重要な目的があるとしたら。私はある仮定を立てました。月のモノを管理する事で、いち早く身籠った可能性のある女性を見つけ出す為だったとしたら。王城は想像するよりずっと狭い世界です。お互いが隠そうとしても、誰と誰が恋仲なのかはすぐ分かります。必然的に、身籠った子の父親も誰かは直ぐに分かります」 「――それが、王族所有の教会と何の関係があると言うのだ」 「身籠った子の父親が王族だった場合ですよ。歴史を振り返えれば、ウィリアム殿下と同様に女癖の悪い王族はチラホラいらっしゃった様ですし、王族と肉体関係を持ち身籠るケースも多々あったのでしょう」  柔和な笑みを浮かべていた陛下の様子が変化する。眼光鋭く見据えられ、陛下の焦りが垣間見える。  陛下も、ハインツが核心を突いてくるとは考えていなかったのだろう。  あの教会の存在は、極秘中の極秘。ウィリアムの女遊びがあそこまで酷くなければ、未だにあの教会の存在は闇の中だったろう。  それほど厳重に、あの教会の存在は隠されていたのだ。 「父親が王族であった場合、生まれてくる子は母親がどんな身分でも、男子であれば王位継承権を持つことになる。速やかに処理しなければ、争い事の火種に成りかねない。また、正統な王妃、側妃から男子が生まれるとは限らない。政略結婚が当然の王族は、結婚後に違う女性と恋仲になるケースもあったでしょう。血筋を重んじる王家は、何よりも血の繋がりを大切にする。秘密裏に、王位継承権を持つ子を育てる施設が必要だった。それが、王家が所有する森の中の教会です」  王家が所有する一部の教会の役割は、表に出す事が出来ない王位継承権を持つ子を育て、その子の母親を監視する役目にある。  母親が貴族であった場合、その子を利用する可能性を考え、母親を教会のシスターと言う名の人質として確保するのだ。母親を人質にとられた貴族は王家に刃向かう事が出来ず、産まれてくる子が王位継承権を持つ男子であっても手出しが出来ない。  こうして王家は表舞台に出せない王子を教会で育て、正統な王妃、側妃から産まれた王子に問題が起きた時の代替えとして管理して来たのである。 「私の見つけた教会には、ウィリアム殿下と肉体関係のあった五名のシスターと二名の男子と三名の女子がいました。子供の歳はみなバラバラですが、シスター五名ともウィリアム殿下との子だと認めています。陛下、この事実が噂であれ流れれば、良からぬ事を考える貴族も現れましょう」  これこそが王家が抱える秘密のカード。  この秘密を表に出すことは絶対に出来ない。だからこそ切り札となる。 「――ハインツ、お主の望みはなんだ」 「エリザベス・ベイカー嬢との結婚の許可を頂きたい」 「承知した。近々正式な書簡を送ることとする」  やっとだ。やっと―― 「――ところでハインツよ。お主は、王家を潰すつもりがあるのか?」  王家を潰す?   自然とハインツの顔に笑みが浮かび、クスクスと笑いが漏れる。 「いいえ、全くありません。エリザベスと離されさえしなければ……」  そうエリザベスと引き離されさえしなければ何もしない。ただ、エリザベスというストッパーがなくなれば、何をするかわからないが。彼女と二人、幸せな人生が送れるのであれば、それでいい。 「左様か……」  ため息にも似た呟きが、謁見の間に響き消えていった。 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢ 「やっとだ。やっと、エリザベスとの結婚許可をもぎ取った」  陛下との謁見を終え、シュバイン公爵家へ戻る馬車に揺られながら、心の中に湧き上がる歓喜のまま声を出す。 「くくっ、明日の披露目の夜会が楽しみだ」  陛下と打ち合わせた明日の夜会で起こす大立回りを思い笑みが溢れる。  陛下も人の子、最後はウィリアムに情を示すと思ったが、いっさい容赦はしないようだ。一国の王に情は不要か。  マリア・カシュトル令嬢とレオナルド・マレイユの関係から黒い噂の絶えないマレイユ伯爵家を潰す計画。ウィリアムと多くの女性との不貞関係の暴露。  レベッカ・ウォルター伯爵令嬢の登場に、奴はどんな反応を示すだろうか。そして、エリザベスに縋るのだろうか。  明日起きるであろう断罪劇を考えれば考えるほど、込み上げる笑いを止めることなど出来なかった。  陛下は最後まで、教会にいる王位継承権を持つ男子を明るみに出す事を拒んでいた。しかし教会にいるシスター達が、今後も教会での暮らしを望んでいる点と、ウィリアムが廃嫡され地方に生涯軟禁となれば、ウィリアムの子に王位継承権は無い。そう考えるであろう貴族は、教会の子を利用しようとは考えないと陛下に伝えると、レベッカの子のみ連れて来る事に許可を下した。  実際は、血を絶やさない事を第一優先とする王家では、王位継承権が無くとも、王家の血をひく子供の利用価値は測り知れない。しかし、それに気づく貴族がどれ程いる事か。  まぁ、私には関係のない話だ。  そして、ここら辺で第二王子派を一掃しなければ、地方貴族や下級貴族の不満が爆発しかねない。陛下もその事は十分に理解しているはずだ。  今回の件で、第二王子派のマレイユ伯爵家が潰れ、側妃が息子の監督不行届きで離縁でも言い渡されれば、側妃の生家の公爵家はいっきに求心力を失う。それだけではない、側妃を罰するだけのカードも手元にある今、公爵家は取り潰しに合う可能性すらある。  マレイユ伯爵と側妃の爛れた関係に、違法麻薬の使用、若い奴隷男娼との娼館での逢瀬……、欲深い女は、本当に罪深いな……  完全に第二王子派を叩き潰せば、下級貴族や地方貴族の不満の種も消えるだろう。  陛下も、人が悪い。自分の治世が安定するなら、側妃も息子も容赦なく切り捨てる。エリザベスとの結婚の許可さえ下りれば、第二王子派の貴族は用済みだ。  徹底的に潰すとしようか……  ハインツは、黒い笑みを浮かべながら、第二王子派の貴族共を潰すカードの切り方を思案していた。
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