マリア視点

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マリア視点

 あの忌々しい女め! どれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだ!! 「ヒギィィ、お許しくだい。マリア姫様……」  目の前で絶叫している小太りの男を見下ろし、マリアは踏みつける足にさらに力を込める。絶頂し、床に転がった男の名は、マレイユ伯爵。マリアのパトロンだ。成人すると同時に、父に連れられこの伯爵家に来た時のことは今でも覚えている。  カシュトル男爵家の娘として生を受けたマリアだったが、他の貧しい男爵家とはカシュトル男爵家はとても裕福だった。しかも、ピンクブロンドの髪に、空色の瞳を持つ美少女。誰もが、マリアの気をひくために争い、かしづいた。欲しいものがあれば、人だろうと物だろうと手に入れられないモノはない。気に入らなければ、ささっと切り捨てる。まさしくお姫様のような生活に、誰もがマリアを姫さまと呼んだ。  成長するにつれ、さらに美貌に磨きがかかり、幼い顔立ちの中に妖艶な魅力を秘めた美女へと成長したマリアに、両親は過度な期待をするようになった。毎日『お前は王族の花嫁になるのだ』と言われ、その言葉を当然だと思った。  しかし、男爵令嬢が王族と懇意にすることなどほぼ不可能だった。そんな中、発表されたウィリアム王子の婚約者候補選びの書簡に、カシュトル男爵は金にものを言わせ、マリアをねじ込むことに成功した。  この美貌があれば、どんな高位の令嬢にだって負けない自信はあった。そして、高級娼婦だった母直伝の手管を使えば落とせない男などいない。性の右も左もわからないお子さまな貴族令嬢になど負けるわけないと思っていた。  あの忌々しいエリザベスに会うまでは。  美しい銀髪に藍色の瞳の美貌の女。あの女が、通るだけで感嘆の声が上がり、誰もが道を譲る。それだけではない、あの女の一挙手一投足に誰もが注目し、気を引くために我先にと群がる。いつ何時も輪の中心にいるのはあの女だった。  公爵令嬢という地位も美貌も名声も何でも持っていたエリザベス。  あの女のせいで私の世界は変わってしまったのよ! 「ねぇ、マレイユ伯爵。私は、お姫さまよね? 誰もがかしづくお姫さまよね?」 「ひっ……いぃ、マリア姫さま。お許しを……」  下僕であるマレイユ伯爵の股間を靴で踏みつけ、妖艶に微笑んでやる。 「ヒギィィ!! 出るぅぅ……」 「伯爵様、誰が出していいと言いましたの? 豚の分際で私の靴を汚すなんてどう言うことかしら。舐めなさい!!」 「申し訳ありません、マリア姫さま……」  変態伯爵がマリアの足を取り、自身の白濁が飛んだ靴を丹念に舐めるのを見下ろし、怒りが湧き上がる。  あぁぁ!! 忌々しい!!!!  エリザベスさえいなければ、こんな変態貴族の相手をしなくても済んだのよ。  あの女がウィリアム王子の婚約者に決まってからの日々は地獄だった。マリアに過度な期待をしていた両親の態度は一変し、よりカシュトル男爵家に利のある相手との結婚を進めようと躍起になった。  そんな中あがった縁談、妻に先立たれ独り身となったマレイユ伯爵との婚約話だった。必死に抵抗した。ただ、ウィリアム王子との婚約が断たれ、高位貴族とのつながりを是が非にも持ちたかった両親はマリアの美貌に目をつけたマレイユ伯爵と結託した。  そして、あの夜は訪れた。  父に連れられマレイユ伯爵邸へと来たマリアに待っていた過酷な運命。父と引き離され、メイドによって夜着へと着替えさせられた時の絶望感は今でも忘れられない。このまま、禿頭の小太りな初老の男に純血を散らされるかと思うと、自分の運命を呪いたくもなった。  ベッドへと連れていかれ、絶望感に放心状態となったマリアに悪魔が囁いた。  お姫さまだったマリアの場所を奪ったエリザベス。ウィリアム王子の婚約者の立場もマリアから奪ったものだ。あの場所は、マリアのものだったのだ。このままエリザベスに負けたままで良いのかと……  あの日を境にマリアの人生は大きく変わった。  下僕と化したマレイユ伯爵の人脈を使い、社交界でのさばる令嬢どもを蹴散らせ、やっとウィリアム王子の婚約者の座までのぼりつめたのだ。そして、ウィリアム王子を唆し、エリザベスを社交界から追放する直前までこぎ着けたと言うのに、不死鳥のごとく舞い戻ったエリザベスを思い出し腹わたが煮え繰り返る。  薄幸面しやがって! ウィリアム王子の気を惹こうっていうの!  しかも、シュバイン公爵家のハインツ様と婚約したですって!!  許せない……許せない……  あの女、滅茶苦茶にしてやる!!!!  足を舐めていた変態公爵の横っ面を蹴り倒し、豪奢な椅子から立ち上がると、不恰好な状態で転がる伯爵を見下ろし、最上の言葉をかけてやる。 「脱ぎなさい。縛ってあげるわ」 「ひぃぃぃん、マリア姫さま、仰せのままに……」 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢ 「父上の調教はもういいのか?」  部屋を出たマリアに、伯爵の息子レオナルドが声をかけてきた。この男との付き合いも、かれこれ数年になる。父親とは違い、変態趣味はないが、被虐趣味を持つ危ない男ではある。まぁ、同類である限り、マリアに害はないのだが。 「えぇ、縛って転がして来たから今頃昇天しているんじゃないかしら」 「えげつないねぇ」 「よく言うわよ。貴方だって、同類でしょうが」 「くくく、まぁそうだな。それで、マリアはあんなんで満足か? 相手してやるよ」  肩を抱き歩き出そうとするレオナルドに言ってやる。 「私は未来の王子妃よ。気安く触らないで」 「よく言うわ。その地位も危ういって聞いたぜ」 「はぁぁ!? 誰がそんなことを」 「また、エリザベス嬢がしゃしゃり出てきたようじゃねぇか。ウィリアム王子もまんざらでもなかったって聞くぜ。薄幸女性にしか興味がねぇ、あの変態。今のエリザベスに欲情したんじゃねぇの」 「何が言いたいのよ、レオナルド?」 「だから、このまま何もしないでいいのかって話だよ」 「策でもあるって言うの?」 「あぁ。俺の手にかかればエリザベス嬢なんて、簡単に排除出来る」  黒い噂の絶えないマレイユ伯爵家を牛耳っているのは、レオナルドだ。あの変態伯爵ではない。奴はあくまでも対外的であって、裏の稼業を隠す隠れ蓑でしかない。人身売買に、薬物売買、違法賭博に、奴隷や密輸品の輸出入。ありとあらゆる違法稼業に手を染めている。それを牛耳る裏組織のトップであるレオナルドなら、あの女をどうにかできるかもしれない。 「本当にエリザベスを排除できるのね?」 「くくく、出来るさ。ただし、条件がある」 「何よ……」 「マリア、わかっているだろう?」  一度は振り払った手が再び肩にかけられる。レオナルドが言わんとしていることはわかっている。 「言っておくけど、ウィリアム王子と結婚するには純潔でないとダメなの。それくらい知っているわよね?」 「あぁ、もちろん。ただ、いくらでもやりようはある」 「わかったわ。好きにしなさい……」  ニッと笑ったレオナルドの顔を見て、大きなため息をつくフリをする。楽しい夜になりそうだ……  あの女も、もう終わりね。滅茶苦茶にされて、隣国に売り飛ばされればいいわ。  黒い噂の絶えない伯爵家が動き出そうとしていた。  
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