味方

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味方

 とうとうこの日が来てしまった。  レオナルドからもたらされた情報を元に準備はして来た。  今頃、ベイカー公爵家の裏門には、レオナルドが準備した馬車が停められている事だろう。あとは、ミリアの目を誤魔化し屋敷を抜け出せるかが問題だったが、運よく彼女は外出中だ。  何やら今朝起きた事件の対応に追われているとかで、エリザベスにかまっている余裕はないようだ。  お忍び用の動きやすいデイドレスに着替えたエリザベスは、ツバの大きな帽子を被る。私室の扉から顔を出し、廊下に人の気配が無いことを確認し、飛び出した。  ここ数日何度もシュミレーションを繰り返し、逃走経路はバッチリだ。使用人の行動パターンも確認済み。今の時間は、朝食の後片付けや各部屋の掃除、リネン類の洗濯など一通りの仕事がひと段落し、休憩時間に入っている。使用人部屋を避ければ、廊下で彼らと出くわすことはまずない。  逃走経路を頭に思い浮かべ、エリザベスは階段を降り正面玄関へと向かう。  正面玄関は、意外と穴場なのだ。来客がなければ誰もココには来ない。しかも、エリザベスの部屋からも近いと来ている。  急足でエントランスを抜け、玄関扉のノブを持ったエリザベスの手が、背後から突然響いた声に震えた。 「エリザベスお嬢さま……、どちらへ行かれるおつもりですか?」 「――ミリア! あの、違うの!! これは……」 「何が違うと言うのですか。最近のお嬢さまの様子がおかしかったので何かあるなとは思っておりましたが、私の目を盗みどこへ行くおつもりですか? 白状なさいませ!」  怒り心頭で畳み掛けるミリアの迫力に、エリザベスは誤魔化すことを早々に諦めた。  しかし、ここで引くわけには行かないのだ。今日を逃せば、ハインツに一矢報いることは出来なくなってしまう。しかも一人で抜け出そうとしていたことが露見すれば、今度こそエリザベスはベイカー公爵家から出してもらえなくなるだろう。 「ミリア、お願いよ。見逃して! 今日を逃せば、一生後悔する。だから、お願い……」  エリザベスは溢れ出しそうになる涙を堪え、ミリアに縋る。 「お嬢さま、泣いて――、何があったのでございますか?」  ミリアの困惑声に、耐えていた涙が溢れ出す。一人で悩み、抱えていた不安が堰を切ったように流れ出し、ハインツとシスターとの噂、劇場での事、終いには、レオナルドとの密談まで、エリザベスはミリアにぶちまけていた。 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢ 「あの、クソ男――」  怒りを滲ませたミリアの声に、エリザベスはハッとする。 (クソ男って、ハインツ様のことよね?)   いつ何時も冷静な態度を崩さないミリアの激情を垣間見て、エリザベスにも冷静さが戻ってくる。今更ながらに、感情のままに全てをぶちまけてしまった事を後悔していた。 「ミ、ミリア……、ごめんなさい。こんな話するべきではなかったわ」 「いいえ、エリザベスお嬢さまは何も悪くございません。全ては、あの腹黒男が悪いのです。今朝の事件といい……、アイツの手の平の上で転がされていると思うだけで腹たつ! 私の大切なお嬢さまをなんだと思っているのだ!!」 「えっと……、その、あの……」 「エリザベス様! 好きにやりなさい。悩んでいるだけ無駄です。どうせ奴の手のひらの上なのです。思いっきり暴れればよろしい」 「あっ、あっ……、ありがとう」  いまいち、ミリアが言っていることはわからないが、どうやら家を抜け出す許可はもらえたらしい。 「ただし、お一人では行かせません。私も連れていくことが条件です」 「でも、危険だわ! ミリアまで巻き込むわけには――」 「何が危険なものですか! たとえ、危険があったとしても、お嬢さま一人行かせるわけないじゃないですか。私はどこまでもついて行きます。たとえ、火の中、水の中、どこへでもです!」 「でも……」 「エリザベスお嬢さまのお気持ちも分かります。私のことを想い、連れて行けないとお考えなのも。ただ、幼少期からずっとお側にお仕えし、僭越ながらお嬢さまのことを妹のようにも思っているのです。だからこそ、許せない。あの御方にどんな思惑があろうとも、大切なお嬢さまを傷つけられて黙ってなどいられない。ポッと出の男に奪われる現実に、お嬢さまの幸せのためならと涙を飲んだというのに、あの男は……。許せない」  ミリアの言葉がエリザベスの心を満たしていく。傷つき荒んだ心を癒す薬のように、彼女の言葉が浸透しエリザベスを温めてくれる。 (自分にはまだ、味方がいる……)  その事実が、不安で押しつぶれそうなエリザベスの心を奮い立たせてくれた。 「ありがとう……、ミリア」 「ハインツ様に一矢報いてやりましょう。そして、こちらから捨ててやるのです!」  ミリアの言葉にエリザベスは、ただただ頷く。  心の中に秘めた計画には、ミリアを絶対に巻き込んではいけないと思いながら。  
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