金色の少年

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金色の少年

『今回の件のお礼も兼ね、アイリス・ヴェッティ伯爵夫人、ミランダ・フラル伯爵令嬢、並びにそれぞれのパートナーを領地へと招待することとした。ホスト役として対応するように』  数日前に届いた手紙を見つめ、エリザベスは大きなため息をついた。  手紙が届いてからの怒涛の三日間は、迎えの準備で目が回るような忙しさだったのだ。人手の豊富な公爵邸とは違い領地の使用人の数は限られる。  公爵令嬢といえども優雅にお茶を飲んでいる暇はない。右に左に駆けずり回り、到着前日に体裁を整えられたのは奇跡と言って良い。領地の使用人の優秀さの賜物でもある。そして、当日を迎えた訳だが―― 「ねぇ、ミリア。この格好変じゃないかしら?」  王都を離れて半年、今の流行もわからない。しかも、自堕落な生活でお手入れを怠った髪も肌も艶がないように思う。 (アイリス様とミランダ様のパートナーも一緒だなんて……、なんてツイテないのかしら) 「格好は問題ないかと思いますが、以前の煌びやかなお嬢様の印象ではございませんね。以前のお嬢様が薔薇なら、今のお嬢様はかすみ草といったところでしょうか。消えて無くなりそうに存在感が薄れておりますよ」 「うっ……、ミリア、ひどいわ」 「自業自得です。社交界に戻ることも考えて行動なさらなかったお嬢様が悪いですね」 「わかっているわよ!」  ミリアの言葉は正しい。領地に来てからもウィリアムとの事をウジウジと引きずっていたのは自分だ。殿下を見返してやるくらいの気概があれば、薔薇に磨きがかかり大輪の薔薇に進化したかもしれないが、今となっては後の祭りだ。現実を受け止め、少しずつ変わって行かねばならないだろう。 (今のままじゃ、お父様の政略の駒にすらなれないわ) 「キツイことを言いましたが、今のお嬢様も私は好きですよ。第二王子の婚約者として、いつ何時も気を張っていたお嬢様は、なんだか無理をしている様にも見えました。でも、今のお嬢様は憑き物が取れて、自然体に見えます。野に咲く花のような、自然な美しさがある。そう感じるのです」  ずっとそばに居てくれたミリアだからこそ、その言葉に嘘偽りは無い。確かに、以前のエリザベスはどこか無理をしていた。第二王子の婚約者として恥ずかしくないよう、公爵令嬢として貴族令嬢の見本となるように、いつ何時も気を抜くことは出来なかった。笑みを顔に貼り付け、本心を隠し、たとえ心が傷つこうとも平気なふりをする。そんな毎日に心が悲鳴をあげていたのも事実だった。  領地に来てからの日々は、ガチガチに凝り固まった偽りの仮面が外れ、本来のエリザベスを取り戻すのには、良い機会になった。 「ミリア、ありがとう。私も野に咲く花のように強くならなきゃね」 「お嬢様、その粋です。まずは、今回のホスト役、成功させましょう」 「えぇ、もちろん」  扉を叩く音に、気持ちが引き締まる。どうやら、客人が到着したようだ。 「エリザベスお嬢様。カイル・スバルフ侯爵子息様、ヴェッティ伯爵ご夫妻様、ミランダ・フラル伯爵令嬢様、ご到着されました」 「ありがとう。客間へお通しして」 「かしこまりました」  礼をし退室する家令を見送り、ミリアへと視線を移す。 「頑張ってくるわ!」  笑みを浮かべ手を振るミリアを残し、客人を迎えるべくエリザベスは、私室を後にした。 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢ 「皆様、ようこそお越しくださいま――」 「「エリザベス様!」」  客間の扉を開け中へと入ったエリザベスは、お茶を飲みながら歓談していたアイリスとミランダからの熱い抱擁を受け、半年ぶりの友との再会を果たしたのである。 「アイリス様、ミランダ様。ご心配をおかけしました」 「そうですよ。突然領地へ行ってしまわれて半年だなんて、長過ぎます」 「本当に。お身体はもう大丈夫でございますの? 静養中とのことでしたので、こちらから押しかける事も出来ず、でも心配でヤキモキしてましたの。エリザベス様、お痩せになられて……」 「皆様、こちらからご連絡もせず申し訳ありません。領地でしっかり休養しましたので体調はもうすっかり元に戻っておりますのよ。もうすぐ王都にも戻ると思いますので、その時はよろしくお願い致しますね。社交界の話や今の流行など、色々と教えてくださると嬉しいわ」 「もちろんです。あっ! そうだわ。王都に新しく出来た菓子店へ三人で行きましょうよ」 「それ、いいわね。あそこのケーキが絶品なのよ。エリザベス様もきっと気にいるわ」 「おいおい、ミランダ。そろそろ私達をエリザベス嬢に紹介してくれないかな?」  突然割って入った涼やかな声に、我に返る。 (そうだった。お二方のパートナーも来ている事をすっかり忘れていたわ。これでは、ホスト役失格ね) 「失礼致しました。えっと、ミランダ様。こちらの殿方が、カイル・スバルフ侯爵子息様ですの?」 「初めまして、カイル・スバルフと申します。ご存知かと思いますが、王太子付き近衛師団の隊長をしております」 「お噂はかねがね。ご挨拶もせず、話に夢中になってしまい申し訳ありませんでした。エリザベス・ベイカーと申します。ミランダ様から、とても素敵な方とお伺いしておりますの。ミランダ様との婚礼の儀も間近とか。おめでとうございます」 「お隣の方は、アイリス様の旦那様でいらっしゃいますね。エリザベス・ベイカーと申します」 「初めまして、ルイ・ヴェッティと申します。同じく王太子付き近衛師団の副隊長をしております。常々、妻がお世話になっているようで」 「いえいえ、こちらこそアイリス様とは、仲良くしてもらい嬉しく思っておりますの。ルイ様とアイリス様は幼なじみだったとか。今でも仲睦まじいご様子、素敵ですわ」  ミランダを見つめるカイルの甘い視線。そして、さっと妻の側に寄り、さりげなく腰に手を回し引き寄せるルイの行動に、頬を染めるアイリス。 (私、完全にお邪魔虫ね)  仲睦まじい二組のカップルに、エリザベスまで赤くなってしまう。 「そうそう、私達の友人をひとり一緒に連れて来たので紹介させてください」  部屋の奥、窓際に立つ男性を認めた瞬間、エリザベスの心臓が大きく跳ねた。 (うそ、でしょ……)  陽の光を浴び輝く髪が金色に見える。 「――金色の……」 「お久しぶりです。エリザベス嬢」  金色の少年の残像が消え、見知った天敵へと初恋の君が変わっていく。 (えっ? なぜ貴方がここにいるのよ、ハインツ……)  
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