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でも、そんなシャノンに声をかけたのは――ほかでもないフェリクスだった。
「……おい」
そう声をかけられて、シャノンは顔を上げた。そこには険しい表情をしたフェリクスが立っていた。彼はシャノンを何とも言えないような目で見つめてくる。その目が、シャノンの怒りを増幅させる。
「……フェリクス、殿下」
震える声で彼の名前を呼ぶ。すると、フェリクスは何を思ったのだろうか。シャノンの手を取った。
普通、未婚の女性に軽々しく触れてはいけないものである。だから、シャノンも戸惑った。
しかし、フェリクスは何も言わずにシャノンの手を取ると、自身の頬に当てる。
「王家に、恨みがあるんだろ?」
彼は直球にそう問いかけてきた。それに躊躇いつつもシャノンが頷けば、彼はただ一言「殴れ」と言葉をにする。
その言葉に、シャノンは目を丸くした。
「父上や兄上の行いは俺の責任でもある。……俺を殴ればいい」
ただ真剣にそう訴えかけられ、シャノンは戸惑った。普通、王族を殴れば不敬罪で牢獄行きだ。ジョナスだってシャノンが牢獄に連れていかれてしまえば、悲しむに決まっている。
「で、出来ません……」
震える声でそう言う。そうすれば、フェリクスは口元を緩める。
「そうか。……じゃあ、約束しよう」
彼が、シャノンの手を離す。離れていく手が、何故か寂しかった。
「俺が、この国をよくする。理不尽な王族どもを始末して、俺が必ずお前の――シャノン・マレット嬢の心を晴らしてやる」
どうしようもないほどの上から目線の言葉だった。
だけど――シャノンはその言葉に頷いてしまった。
それから、シャノンは度々彼と連絡を取り合うようになった。
初めに抱いていたのは感謝の気持ち。なのに、その気持ちは徐々に恋心へと変化し――彼が約束を果たしてくれるのを楽しみに待っていた……のに。
五年前のある日。フェリクスは死んだ。不可解な事故死だったそうだ。
それをジョナスに告げられたとき――シャノンは、もうどうしたらいいかがわからなかった。
その所為なのだろう――涙一つ、出なかったのだ。
ただ、胸の前でぎゅっと手を握って、心の中でフェリクスを呼ぶことしか出来なかった。
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