第1話 蝶と竜胆

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第1話 蝶と竜胆

私は小さい頃に両親を亡くし、小さい頃の記憶も少ないことから愛情、愛するということを学べずに生きてきた。 そんな私にとって恋人という存在がどういうものか、どういうことをするものかも全く想像がつかなかったのだ、それでもただ一つ分かっていたのは"燐が私の愛の象徴"だということ。 彼女を一目見れば鬱蒼とした気分はまるで霧が晴れた青空のように透き通った気持ちに変わり、ひとたび彼女に触れれば胸が息苦しいほど甘美な気分に捉えられる。 まるで右肩に蝶が舞い降りてきたかのように…… でももし彼女が蝶なら、それはきっと青い蝶…私を導いて幸せと愛を教えてくれたたった一人の大事な存在。 だからこの蝶(リン)だけは私の手から手放したりはしないし離れさせることもしない。 だってそれが、二人の倖せなのだから──────。 そんなある日の放課後、私と燐が仲良く肩を並べて校門に向かって歩いていると、目の前に立っていた一人の女が私たちを睨みつけてきた。 何事かと思い立ち止まっていると、その女は私に向かって叫んできた。 「私の名前は美月、あんたが城ヶ崎蘭ね?私と私のお義兄さんはあんたのせいでめちゃくちゃになったのよ!!」 その言葉を聞いた瞬間、私と燐は思わず絶句してしまう。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、私は美月と名乗る女に声をかけた。 「──ごめんなさい、あなたが言っている意味がよくわからないわ。私はあなたのお義兄さまに何もしていないと思うのだけれど……もしよろしければ詳しく教えてもらえないかしら?」 すると、美月は再び声を荒げて叫びます。 「とぼけないでよ!全部知ってるんだからね!あんたが私のお義兄さんを殺したんでしょ?!」 そんな突拍子もない言葉に私たちは驚きを隠せなかった。 しかし、さらに捲し立てるように言葉を紡ぎ 「そうやって罪から逃れようっていうの??ふざけるのもいい加減にしなさいよ?!あんたがお義兄さんを殺したんだよね?なのにどうしてそう平然としていられるの…?ねえどうして?どうして殺したの?ねえ、答えてよ…!! 」 叫びながら私の肩に掴みかかってくる女に、私は何も言い返すことができず。 ただ、汚い蚊が止まったぐらいのこととしか捉えていなかったのだ。 そしてその叫び声を最後に、女は「絶対に許さないから」と私を再び睨みつけると走り去って行った。 「蘭さん、大丈夫ですか…?その、私は、蘭さんのこと信じてますから…」 心配そうに問いかける燐。 私は少し考え込んだ後、笑顔で口を開いた。 「美月さんが言っていることが本当かどうかを確かめる方法なんてないから……ただ、燐が信じてくれて嬉しかった、憎まれ口は慣れてるんだけど…」 燐を安心させるように言葉を続けた。 「人を殺しなんて疑われるのは初めてだったから私もびっくりしちゃった……でも、燐が味方でいてくれるならなんてことないわ。とにかく、私たちは彼女が幸せになれるように祈りましょう?」 と、燐には笑顔で話しているが…美月という女の義兄を殺したのは私で間違いない。 「当たり前です…!蘭さんは私の大事な大事なヒトですから、どんな手を使ってでも私が蘭さんを守りますからね!!」 「あら、そう言ってくれると頼もしいわね…♪」 そうして私たちは帰路につき、私はふと笑みを零す。 「フフッ、燐ってば、なんだか私に似てきた?」 「え~そんなことないですよ!?あっ、でも、好きな人には似るって言いますもんね…」 言いながら顔を紅潮させる彼女は一際可愛らしい。 「それより今日は、する?」 無論、夜のことである。私が聞くと 「蘭さんがしたいなら…もちろん今日も抱いてあげますよ?あっ、先日のあのプレイを今からしたいならぜひ…」 「なっなな、燐!!ここ外よ…?!」 驚く私をからかうように私の顔を覗き込んでくる燐。 「えっ、それじゃあ家ならいつしてもいいんですか??」 「そ、そういうわけじゃ……!なっ…ない、ことも……」 「えへへ、耳赤くなっちゃってるの可愛すぎません…?誘ってます?」 「しっ、失礼ね…!今日は真っ直ぐ帰るわよ」 「はい!どうせお家お隣ですもんね♪」 「全くもう……あなたときたら…」 ───それから数日後、美月と名乗っていた生徒は大富豪の娘であり生徒会長という立場上、そこそこ信頼の厚い人間だということから、情報が回るのが早かったのだろう、私と燐の噂を聞きつけた生徒たちが口々に 「ねえ、なんで美月さんが『蘭さんが私のお義兄さんを殺した』とか騒いでるの?本当に殺したのかな」 「まさか!でも蘭さんたち怖いよねー上品な感じだけど実は腹黒サイコパスとかー?美月さんの話聞いてると本当っぽいじゃん」 などと、噂を鵜呑みにし蘭だけでなく隣にいる燐までもを陰で罵り始める者もいた。 しかし、私たちはそんな戯言など気にすることなく普段通りの生活を続けていた。 そんなある日のことだった ──いつものように放課後に図書室で本を読んでいた私と燐の前に一人の女子が姿を現した。 その女子生徒は、紛れもなく先日校門の前で出会った生徒会長の美月だった。 彼女は怒りに満ちた表情で私たちを睨みつけている、だがあの時の憤怒とは違い、まるで蔑むかのような眼差しだ。 「美月さん?どうしたのですか?何か御用でも……?」 凛とした表情のまま首を傾げた私に、 「あんたのせいで私は人生をめちゃくちゃにされた!お義兄さんが亡くなって何もかも上手くいかなくなったの!」 「あんたが私の人生を狂わせたんだっ!!お義兄さんは私のたった一人の大事な人だったのに……っっ!!」 まるで大吹雪を直で受けたかのように圧のある女の声量に私がため息を溢し、口を開こうとした瞬間、隣にいた燐が 「そ、そんなこと…蘭さんがするはずないです!だって普通の女の子なんですよ…?!」 私を庇うように言い返してくれた。だが、それを捲し立てるかのように 「この女は!そういう女よ?!大体お義兄さんが亡くなる前から交流があったということは知っているのよ!!それにお義兄さんはあんたに出逢ってから可笑しくなったの、前まで私を構ってくれたのに口を開けばあんたの話ばかり…」 「あんたに恋心を抱いてた…っ、それにうんざりしていたあんたはお義兄さんを始末したんじゃないの?!ねえ!!」 この女、大きな勘違いをしているじゃないか…それでこんなに豹変するなんて…醜い女。 「私ではなく、正しくは…あなたのお義兄さまは燐を執拗く狙っていたんですよ?」 「この際どっちでもいい、じゃあそこの女が…!!」 また敵が増えた?ううん、コイツを此処で始末する必要はないわ。とりあえず、宥めておくか。 「どうやら、お義兄さまが亡くなって精神的に不安定になっているんですね、そのストレスが原因でそんなことを申されて…」 「なっ!!ふざけないで────…」 彼女の言葉を遮るように睨みつけると、ビクッとしながら私から離れるた。そんな彼女に、 「私は、その穢らわしい(オトコ)に大事な蝶を穢されかけたんです、ですから駆除をした…ただ、それだけのことですよ。」 フフっと笑いながら耳元で呟くと、その言葉に怖気付いてしまわれたのか、それは凄い形相をして悔しそうに走り去って行ってしまった。 「蘭さん……?今のは……」 私が他の女と距離を近めたことに妬いたのか、少し不安そうにこちらを見る燐。 私は優しく彼女の頭を撫でながら呟く。 「心配しなくても大丈夫よ、あんな女に興味なんてないから……それに、私にはあなたがいるじゃない?それだけで十分よ」 すると燐は少し安心したかのように私に抱きつき、上目遣いで私を見上げながら口を開く。 「……蘭さんは私をいつも守ってくれるから…凄く感謝してるんです…だから、私も守れるくらい強くなりますからね……っ!」 「フフッ、期待しているわ」 美月という女が現れたあの一件以来、なにか面倒なことになるのではないかと不安もあったが、私は不穏分子を始末することができたと安堵していて美月のことなどこれっぽっちも気にする理由はなかった。 それに……燐も私のことが大好きであるということが改めて確認できたから結果オーライね? しかし逆上し復讐心から燐に手を出される可能性を考慮すれば、これからはあの子に気をつけながら生活して行こうと考えていた。 そうして私は今日も燐と共に帰路につくのだった。 私と燐は、なるべく一緒に行動するように心掛けていた。 彼女の怒りが収まるまで時間がかかるだろうと思い、彼女を刺激してしまわないように注意した。 そしてある日の放課後のことであった──── いつも通り私の教室にやってきた燐は私を見つけるなり、安堵の表情を見せながら私に駆け寄ってきた。 まるでご主人様にやっと会えた子犬のように…… 「蘭さん!ここにいたんですね……!」 彼女は嬉しそうに笑いながら話しかけてくる。その様子からすると、美月という女はまだ何も仕掛けていないようだ……私は安心した。 「ええ、今日は生徒会の会議もないし早めに帰るわ。燐は今日も委員会?」 私が聞くと彼女は頷きながら答えた。 「はい!今日でもう週末も終わりですね!日曜日は…蘭さんとデートですから今日も頑張れます…♪」 「……そうね、私も楽しみにしてる」 そう呟くと私は彼女の頭を撫でた。 すると、目を細めて気持ちよさそうな顔をする彼女を見て思わず笑みを浮かべてしまう。 そんなときだった 背後から何者かが近づいてくる気配を感じた私はすぐに振り返る──するとそこには美月という女が立っていたのだ。 「あら、美月さん……どうしたのかしら?」 私はなるべく穏やかな表情で話しかけたつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。 彼女はイライラしながら私に向かって口を開いた。 「……どういうつもりよ」 「?どういう……とは……?」と私が聞くと彼女は舌打ちをし、冷然と話し始めた。 「ねえ、この間の事件、もう変な噂流さないであげる代わりに50万寄越しなさいよ?それで許してあげないこともないわ」 唐突な上から目線に対し、 「はい?またそのことですか。しかもなんです?その50万というのは」 私が聞き返すと 「ハッ、謝礼金に決まってるじゃない。それさえ払えば変な嫌がらせもせずに、全て水に流してやるって言ってんのよ?」 鼻で笑いながらそんなことを言われた。 「フフッ…あなたって、面白いご冗談を仰るのね。そんな美月さんに便乗して、と言ったらなんだけど私からもおひとつよろしいかしら」 私は笑顔を崩さずに続ける。 「何故私があなたに謝罪しなければならないのかしら?先日も申した通り、私はその事件に一切関与していないと。つまり、あなたに謝礼金なんて払う義理は一切ない。そうでしょう?」 私としては当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼女はますます眉間に皺を寄せて私を睨みつける。 「なっ……なんなのよ、その態度は!!あんたがお義兄さんを殺したって噂が流れたときだってそうよ!学校中であんたを犯人だと決めつけて、あることないことを言いふらしたのも私なのよ?!」 「なるほど、そういうことでしたか」 私は合点がいったように頷く。コイツが何故私に嫌がらせをしてきたのか今まで不思議でならなかったのだが、まさかそんなくだらない理由だったとは思いもしなかった。 そしてそれと同時に呆れてしまう。 「別に気にしていませんわ。それに、あなたのその行為にいちいち腹を立てていたらきりがないですから」 「は?じゃあなに?私が警察に捕まるようなことしてもあんたは平気だって言うの?」 「ええ、別に。どうぞご勝手になさってくださいな」 私が即答すると彼女は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに怒りの形相を浮かべた。 そして、私の胸ぐらを掴みながらこう言い放ったのだ。 「……あんたがそんな態度取るならこっちにも考えがあるわ!!いい?!私に逆らったらただじゃおかないわよ!一生後悔させてやるから!!」 そう怒鳴られたが私は動じることなく言葉を続けた。 「あら、安心してちょうだい?私、こう見えても結構強い方だから」 にっこりと微笑みながら言うと美月は舌打ちをしてから私から離れると、そのまま教室から立ち去っていってしまった。 その様子を見て私たちは顔を見合わせるとどちらからともなく笑い合ったのであった── あとで脅しでも掛けておけばいい、そうすれば美月という女は私にも燐にも手を出してこないだろう。今までの人間もそうだったのだから。 私は燐に微笑みかけながら、心の中でほくそ笑んだ ──あの事件が起こってからというもの、美月という女が何も仕掛けてこないことに内心安堵していたからだ。 このままあの女が大人しく引き下がってくれればそれでいい。 これ以上燐を危険に晒すわけにはいかないのだから……それにもしまた燐に手を出そうものならば今度こそ息の根を止めてやろうと考えていた。 燐が美月という女から何もされないのであれば、それに越したことはない。 だから私はこれ以上あの女に構う必要などないのだ─────…。 「蘭さんっ!早く帰りましょう?」 そう言って私の手を引く愛しい燐を見つめながら私も微笑み返し、私たちはいつものように帰路についたのであった。 だがこのときの私はまだ知らなかったのだ、あの女を的に回せばどうなるかということを。 それから数日経ったある日のことだ。 私はいつものように燐と共に図書室で過ごしていた。私たちはいつも通り読書をしていたのだが、その日はなんだか静かだった。 いつもであれば私の隣で楽しそうに笑いながら本を読んでいるはずの燐が今日は珍しく本に集中して私に見向きもしない。 その様子に違和感を覚える私に燐が口を開く。 「あの……蘭さん」 何か言いたげな様子でこちらを見る燐に、私は首を傾げた。 「どうしたの?」 私が聞き返すと燐は少し狼狽えがちに口を開いた。 「……最近、美月さんの姿をお見かけしませんが何かあったのでしょうか?……もしかして蘭さんが何かしたとか……」 不安そうな面持ちで言う燐に私は微笑みながら答える。 「ふふっ、安心してちょうだい?その逆よ」 意外な返答だったのか、燐は目を丸くして驚いている様子だった。 そんな燐の頭を撫でながら続けて言う。 「あの子にね?この間ご丁寧に忠告しておいたから、もう何もしてこないと思うわよ?」 本当は社会的に抹殺してあげるから、と脅しを掛けて賄賂を渡しただけだけど。 私が笑いながら言うと燐は安堵したように息を吐いた。 「そうでしたか……!ならよかったです……」 燐が嬉しそうに微笑む姿を見て私もつられて笑みを浮かべる。 そして私たちはその後も暫くの間読書を続けたのだった。 ──それからまた数日後のこと、私はいつものように生徒会室で仕事をしていた。 すると突然、ガチャリと扉が開く音が聞こえてきたためそちらに目を向けるとそこには美月が立っていたのだ。 またあの女か…と面倒な気持ちを抱きながらも無視をして紙にペンを走らせる。 横目からでもその視線は嫌なほど伝わってき、私をじーっと見ているのを感じた。 まるで生まれたての子鹿のように、慎重に部屋に入ってくるなり、私の目の前に仁王立ちをした。 それにいい加減疲れ、彼女の方に体を向け 「あなた、さっきからなんなのかしら?仕事中なのだけれど、それに関係者以外は…って、そういえばあなた生徒会長だったわね。」 「要件はなに?無いならそこをどいてくださる?」 「あ、え、えっと…用はあるのよ、だから、その…っ」 モジモジとしてなにも言わない彼女に深くため息を着くと、彼女はなにか言いたげにやり場の無い手で髪を弄っている。 私はそんな彼女に目もくれず、無視を続けた。 正直、関わりたくないというのが本音だ。 「え、ちょ、ちょっとまって!」 「……」 私が黙って仕事をしていると、 「今日は、謝りたくて来たのよ!」 「……?なにを」 私が首を傾げると彼女は頭を下げた。 「この前はごめんなさい!……私、ついカッとなって城ヶ崎さんに酷いこと言っちゃったから……」 私はその言葉を聞き、目を丸くした。 まさかあの女が自ら謝るなんて思ってもいなかったからだ。 だが、それだけで許すわけがないというのに、呆れたものだ──。 そう思い、彼女に冷たく言い放つ。 「それだけ?別に謝罪なんて求めていないし、頭を上げてちょうだい?フフッ、まあ…私の蝶に危害を加える気があるなら話は別だけれど」 そう言ってまた書類に向き合った すると彼女は慌てて言葉を紡ぐ。 「そ、そうよね……本当にごめんなさい……もちろんあなた達に危害を加えるつもりは毛頭無いの、ただ……」 「何よ」 私はペンを置きながら聞き返す すると彼女は少し躊躇った後口を開いた。 「無理なお話なのは承知の上なんだけど、私と、お友達になってくれない?」 この女は何を言ってるんだと思い、疑問詞で彼女に言葉の意味を投げかけると 「そのままの意味…私、あのときはお義兄さんを亡くしたショックで気が動転していたし…それにね、前々から双子のようにいつも仲良さそうにしている城ヶ崎さんと花宮さんの二人が羨ましくて…あんな酷いことをしてしまったのやだと思う……」 彼女はまるで悪魔から天使に変わったかのように人が変わっていた まあ、私の天使は燐だけだからこの子は堕天使ってところかしら。 内心たじろぐ私をよそに、彼女は言葉を続けた 「実はあの後、私の行いをお父様に激怒されてしまって…頭を冷やして、自分のやったことを見つめ直して……だ、だから私ね!心を入れ替えたの…」 「そ、そうなの……」 あまりの変わりように驚きを隠せない私だったが、それでも私は頷くことはなかった。 この女を信用してはいけないことは重々承知の上だ それに……私には燐がいるから他の女なんていらないの 私が何も言わないでいると彼女は悲しそうな表情で俯きながら言った。 「……やっぱり駄目よね……ごめんなさい……ただの自己満足にあなたを巻き込んじゃって」 そう言い残し部屋を出ていく彼女を横目で見届けながらも、私は再び書類に目を向けるのだった。 そして私はこう思った── あの女のことだ、どうせまたなにか仕掛けてくるに違いない……と。 それからも彼女は毎日のように私に接触を図ろうとしてきた。 最初は無視を決め込んでいたのだが、あまりにもしつこい彼女についに私は痺れを切らし彼女を呼び止めた。 「美月さん」 私が名前を呼ぶと彼女は驚いたような表情を浮かべこちらを振り向いたがすぐに嬉しそうな表情になり駆け寄ってきた。 そんな彼女に私は続ける 「あなた、毎日ここに来てるけれど暇なの?」 冷たい言葉を浴びせると彼女は困ったような笑みを浮かべ 、 私にこう返した。 「──私はあなたに嫌われてるのね。でも仕方ないわ、だって私がしてきたことは許されることではないんだもの……だけど私どうしてもあなたにだけは許して欲しくて!」 必死になって話していたが私には響かなかった。 それどころかこの女は何を言っているんだろう?と思っていたほどだ。 許すも何も別に何もされていないじゃないかと思ったからだ まあ、そんなことはどうでもいいから早く帰ってほしいのだけれども。 正直言ってこいつの顔すら見たくないのだ、私はそういう気持ちで 「もう、仕事に戻ってくださる?」 そう突き放した。 しかしそれでも諦めきれないのか彼女は 「じゃあせめて!せめてお友達に……!」と食い下がるので 「しつこいわね……いい加減にしてちょうだい?あなたと委員会仲間クラスメイト以上の関係になるメリットは無いわ」 私がイラつきながら言うと美月は悲しそうな顔をして立ち去っていった。 その後ろ姿を見つめながら私はため息をついた。 そしてふとあることを思い出す── そうだ、燐に会いに行こう…… 「燐、おまたせ」 そう言って図書室で待っているはずの彼女の元へと駆け寄った私は唖然とした。 なぜならそこには美月の姿しかなかったからだ── 「は……っ」 驚きのあまり言葉を失ってしまう私に気付き、振り向いた美月が微笑みながら言った。 「あら?どうか致しましたか?」 私は色んな思考を巡らせながら彼女に尋ねた。 「あなた…どうしてここに?それにそこには燐がいたはずだけど…それも、私が燐に貸した本よね」 そう尋ねると彼女はキョトンと 「あら、燐さんなら私がお手洗いに行く時にすれ違ったけれど」と答えた。 私は焦りから、彼女の方にスタスタと歩いていくとすかさず彼女の背後に周り 「知っていることがあるなら今すぐ吐け」 言いながら、スカートのポケットから取り出したハサミで後ろから彼女の首を抑えつけた。 動揺を隠せない私だったが、それを悟られないように必死に取り繕っていた。 そんな私の様子を見るなり、美月はまるで映画に出てくるピエロのような不気味な笑みを浮かべた。そして私に言ったのだ── 「ちょっと優しく近づいたら…ちゃっかり縛らせてくれてねぇ…ふふ…っ、キスも上手いのね?燐ちゃん」と。 その瞬間、私の中の何かがプチッと切れた音がし、私は我を忘れて美月の前髪を上に持ち上げていた。 「いだぁっ!!?はっ離しなさ…!」 彼女は短く悲鳴を上げるが、そんなこと気にもせず言葉と苦痛を与えることを続けた。 「急に人が変わったから、なにかしてくるとは思っていたけれど……」 「ふん、あんただけじゃなく…燐ちゃんも燐ちゃんで、あんたのこと社会的に終わらせるって言ったら"蘭さんを殺さないでくださいね、殺せないのは分かっていますけど、蘭さんの彼女も、蘭さんの命を握っているのも私だけですからね"とか?二人揃って頭おかしいんじゃないの?」 「私の燐を気安く呼ぶな…燐を一体どこにやった…?答えないのなら持ち上げたまま、このハサミでお前の右目をくり抜き落とす。」 というか…り、燐がそんなことを??なにそれ、嬉しすぎる……可愛すぎるでしょ?! にしても…… コイツは燐を痛めつけたに違いない…その痛みを味わってもらわなくちゃ……それに、燐とキスをしたのか?? 許せない私の燐を穢すなんて許せるはずがない。 こんな魔物は早く始末しなきゃ。 絶対殺す…… それしか私の頭にはなかった。 「ひっ……!や、やめて!言うから!ね?言うから!」 私は美月が叫ぶとすぐに手を離した。 そして床に倒れ込んだ彼女に続けて質問を投げかける。 「それで?燐はどこなの?」 そう尋ねると彼女は息を整えてから口を開く── 「……っはぁ、はぁっ……この階の女子トイレの一番左の扉よ……外から物で扉を抑えてる、だけ…まじであん、た、なんなのよ…どうしてそこまで…」 そんな彼女の戯言に私は苛立ちを覚えながらもなんとか冷静を保った。 「そう、これも私を暴れさせて私のイメージを悪くして…ってのが狙いなんでしょうけど、さすがにあなたをここで始末すると私の学園生活は終わり兼ねないし…燐が悲しみそうだから」 そう言って微笑むと床に座り込んだままの美月の頭を掴み、美月の上に馬乗りすると、頭を床に打ち付けた 「んが…っ!!やめて、離し…っ!…もう場所は言ったじゃない?!」 「は?このまま返すとでも思っているのかしら」 「ま、まって、またハサミなんか向けてきてなにをするつもり…?!」 「……視力を落とせば、私にも燐にも近づけないでしょう?」 そう言って振り上げたハサミを振り下ろし。 ハサミの先端が美月の瞳孔を突き刺した瞬間、 「うっ、あぁああっ、!!!」 悲鳴と泣き声に分厚く取り巻かれる美月。 「はあっ…は、じっ、自分が何を…しているのか…分かっているの!?このことが公になればあんたは……っ!!」 返り血が頬に飛び散るのを感じた。 それと同時に、美月の慄然とした声と正論にハッと我に返り 「私としたことが我を忘れて……くそ、今はコイツに構っている場合じゃない、早く燐を迎えに行かないと…っ!」 そう呟くと私は部屋から飛び出しトイレへと走り出した。 そして女子トイレの扉を勢い良く開け、一番左のドアを開けるとそこには、身体を丸めた状態で倒れ込んでいる燐の姿があった。 それを見て血の気が引くのを感じたが、すぐに駆け寄り燐を抱き抱えるようにして上半身を起こすと、名前を呼びかけた。 「燐っ!!しっかりして……!!」 すると、私の声に気づいたのか燐がゆっくりと目を開いた。 「あれ、らん……さん?……どうしてここに……?」 彼女は途切れ途切れにそう言うと、よく寝た~と言い欠伸をする。 私はそんな燐を見て一安心し、胸をなでおろした。 そして燐の制服や体についている埃を払うようにして払い除けると彼女の頭を撫でた── が、そこで私の手は止まった。何故なら目の前の鏡に写った自分の姿を見てしまったのだ。 そこには返り血を浴びながら冷静を保つ私が映っていた。 あの女の血を浴びるなんて、汚点すぎるけど…これも全部燐のためにしてしまったことだと知ったらきっと燐は照れるわね。 それはそうも、このまま燐を教室に戻すのは危険であり、私こそ…このまま戻るのは異常行動だ。 「燐、ごめんなさい……私、あなたをこんな目に遭わせてしまった……」 私は彼女から目を逸らすようにして俯くと謝罪の言葉を口にする。 すると、彼女は立ち上がり、私もつられて体を起こす。 燐が私の手を握ると 「大丈夫ですよ……!これくらい何ともないですから!ちょっと、トイレに押し込められただけで痛いところもありませんから…っ」 そう言って微笑む彼女に胸が熱くなるのを感じたが、それと同時に罪悪感に苛まれる。 「そう?無理していない…?とにかく、燐が無事でよかったわ……っ」 酷く安堵し、燐を強く抱き締めた。 燐は私を抱きしめ返すと、顔を合わせて優しく微笑みかけてくれた。 ──だからこそ余計に辛いんだ。あのとき、あの女の策略にハマって気を取られて、大事な蝶をダメにするところだった。 だが今はこうするしかない、そう思うしかなかった私は彼女の手を強く握りしめながら言う。 「とりあえず、今日は早退しましょう。」 「うん、今日は蘭さんにずっと一緒にいて欲しい、です…」 その言葉を聞いて、やはり不安にさせてしまっていたことを悟り、教師に早退届けを書いてもらうと、携帯で執事に迎えを頼み、暫くして燐と車に乗り込んで私の家に向かうのだった。
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