1-7 雨宿りはいらない

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1-7 雨宿りはいらない

 校門を出て十メートルぐらい塀に沿ったあたりに、旭はいた。私が息を切らして走ってくるのに、驚いた顔を見せた。 「そんな走ってこんでもええのに」  はあはあと呼吸をする私を見て、困惑している。私は絶対に後ろを振り向かない。振り向くなんて出来やしない。ほんの少しだけ息を整えてから、さっさと歩き出した。旭は怪訝な顔をしつつもついてくる。 「なんで来たの」 「そんな嫌やったんか」 「いいから!」  思わず語気を強めてしまう。学校から少し離れた頃、黙っていた彼は自分の鞄に手を入れて、その手を私の前で開いた。 「これ、昨日図書館に忘れとったから。宝物なんやろ」  彼の右手に乗っているのは、月と星のキーホルダー。 「図書館にあったの?」 「床に落ちとるんを見つけたんや。誰かに踏まれでもしたら壊れるかもしれんし、今日渡そうと思た」  大事なキーホルダーがなくなっているのに気付いたのは、昨日、早めに帰宅して飼い犬の散歩を終えてからだった。すっかり日が暮れていたから道を辿るのは無理があったし、きっと放課後に寄った図書館だとも思った。とっくに閉館時間だったから、翌日の放課後に職員さんに尋ねようと思っていたんだ。 「ありがとう……」旭の手から受け取って、どこか壊れていないか確認する。手作りの月と星は、最後に見た時と同じ姿で、大きな傷が入った様子もない。ただ、チェーンが切れてしまっているだけ。 「それなら、連絡してくれたらよかったのに」 「俺も渡そう思て鞄に入れてから、昨日はそのまま忘れとったんや。それで今日の昼に思い出して連絡したんやけど、見てへんかったやろ」  はっとして、鞄からスマホを出してみる。約一時間ずつおいて、旭から数回メッセージが届いていた。でも今日の昼休みは友だちとのお喋りが盛り上がっていて、放課後も結々と談笑していたから、そもそもスマホを確認していなかった。 「今日は、俺、図書館行く予定なかったんやけど。途中に桜浜があるから、寄ってみたんや」 「もしかして、みんなに声かけてたの」 「いや、そんなことせえへん。一年っぽい生徒にちょっと声かけて、無理やったら諦めるつもりやった」 「それでも、よく辿り着いたね。誰が一年生かなんて分からないのに」  見た目で知らない人の学年を推し量れるものだろうか。私は首をひねる。 「二人組の女子が外から帰ってきてて、片方が先輩って呼んでたから、多分呼んだ方は一年やと思たんや。放課後の部活中やろうし、三年は引退しとる可能性があるやろ。それなら先輩は二年で、もう一人は一年やろうなと思った。制服やから文化部やろうし、梓に近い人間やと考えたんや」 「へー……」  私はそんな間抜けな返事しかできなかった。一瞬で推察して一年生を見つけるなんて、やっぱり西ノ浦に入ったのは運なんかじゃないじゃんか。そして彼の思惑通り、声をかけられた生徒は私の同級生だった。彼女が、凡人の私の知り合いだったのは運だけど。
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