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「……悪かったな」
言葉通りばつの悪い顔で、旭は謝る。
「いや、そういうつもりはなかったんやけど……なんか言われたりしたんやろ」
「え、いや、あの」
彼が私を探していた事情を知ると、怒る気になんてなれるわけがない。
「あ、旭は、私に早く届けようとしてくれただけなんだよね」キーホルダーを乗せた手のひらを突き出す。
「探しとったらあかんしな」
「それなら、謝ることないよ! 私こそごめん。届けてくれてありがとう」
これが私の宝物だと知っていて、だからこそ一刻も早く届けようとわざわざ手渡してくれた。その気持ちが素直に嬉しくて笑いかけると、やっと旭も安心したみたいだった。今度は失くさないよう、鞄にしっかりキーホルダーをしまう。
「……それで、こっち帰り道なんか」
勢いのまま歩いている方向は、いつもの図書館とは真逆だった。
「ううん……つい、学校から離れたくて。旭はこっちの方角なの」
「俺はこっちや。駅から電車に乗る」
「どこか行くの」
足を止めて、旭は少し考える素振りを見せる。私は黙って返事を待つ。
「先生のとこや」
「先生って、旭に訓練してくれてるっていう人?」
「そうや。特に用があるわけやないけど、たまに会いに行くんや。七瀬も来るか?」
思わぬ誘いに、私はすぐさま返事ができない。
「別に、用事があれば無理にとは言わんで」
「用事なんかはないけど……」
一緒に金星を見上げた日から、私たちは図書館を出てわかば公園で話をすることも増えた。ぷちも含めて、借りてきた本を見せ合ったり、世間話をしたり。図書館ではそれなりに声量に気を遣っていたから、自由に笑い声をあげられる時間は楽しくて、私は気に入っていた。
でも、ろくに男友だちもいない私は、ちょっとした誘いにも戸惑ってしまう。こんな時、小夏ちゃんみたいに「行く行くー」なんて言えたら、ずっと可愛げがあるのに。
「ええよ、俺も思い付きで言うただけやし」
そう言って背後を振り返る旭。それなら今日はここでお別れ。そういう素振り。
「ううん、ついてく」
「いや、ええってば」
「帰ってもなんにも用事ないし、茶太郎の散歩当番でもないし、その、課題もそんなに出てないし」思いつく限りの言葉を並べる。「やることないし、折角ならついてくよ」もっと話していたいから。言い訳は思いつくくせに、そんな一番の理由が口から出てこない。
話していたい。自分がそう思っていることに気が付いて、私は内心でびっくりする。
「ほんなら、行くか」彼は私の動揺に気付かない顔で頷いた。「そんな遅くならんと思うし、電車で十五分くらいや」
そして私たちはまた歩き出した。
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