序章 五月雨日和

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 それから選んできた本を読んだり、大人しく勉強したりして、顔を上げた私は気が付いた。 「雨降ってる!」  慌てて口をつぐんだけど、私の言葉を聞いた周りの人たちも、窓の方に顔を向けた。誰もが驚きの表情をしていて、それもそのはず、今日は降水確率ゼロパーセントの予報だったから。それなのに、いつの間にか窓ガラスは大粒の雨に濡れていた。 「嘘でしょ……」  結々も窓を見て、げんなりした声を漏らした。「通り雨かな」 「だといいんだけど……」壁の時計は既に十八時三十分を指していて、私たちを追い立てるように閉館時刻を知らせるアナウンスが流れた。七時には閉館だ。だけど、この大雨があと三十分で止むようには思えない。 「……しょうがない。帰ろっか。梓、折り畳み持ってる?」 「持ってるよ。結々は?」 「幸いね。でも、この雨じゃなあ。駅に着くまでに濡れちゃいそう」  やれやれ。せっかくいい気分で課題をこなしていたのに。  だけど天気のことはどうしようもないから、ノートや教科書を鞄にしまって席を立った。階段を下りながら見ると、中庭でチューリップが雨に打たれて首を曲げていた。一階のカウンター前では、早く家路に着こうとする人たちが列を作っている。  それぞれ折り畳み傘を握りしめて、エントランスを通り抜ける。私は図書館前の停留所でバスに乗り、結々は少し歩いた先の駅から電車で帰る。どっちもそう遠くはないけど、予報にない大雨だなんて、ついてない。  玄関で傘を広げていざ出ようとすると、「ねえ」と結々が私の肩をちょんとつついた。 「あれ、やばくない?」  彼女が視線をやる方を見て、私は思わず「あっ」と出かけた声を飲み込んだ。  玄関先にも、二つだけ石造りのベンチがある。そこに、男の子が一人座っていた。多分私たちとそう歳の変わらない制服姿の男の子は、何故か傘をさしていない。こっちからは斜め後ろの横顔しか見えないけど、何をするでもなく雨空を見上げている。  傘を忘れて急いで帰っている様子ならまだしも、まるで雨が見えていないかのように、そこに座っている。雨に打たれてびしょ濡れの男の子は、正直言って気味が悪い。  結々が顔をしかめているから、私は「あの子知ってる」とは言えず、「やばいね」と同意した。ただ見覚えがあるだけだから、名前や関係を聞かれても困るし。それに私も、「なんで?」っていう彼に対する不審感が勝っていたから。  傘を広げて、私たちはそそくさと図書館を出る。彼からは目を逸らすべきだと思いつつも、私は一瞬だけ視線を向けてしまった。  雨ざらしの顔を一度拭い、彼は眩しそうに暗い雨空を見つめていた。  慌てて前を向き直し、私は結々と別れてバス停に向かった。
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