1-7 雨宿りはいらない

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 旭ともっと話したい。私はそんな風に思っていた。そのことに気付くと、むしょうにむず痒くなって、なんだかやたらと恥ずかしい。私にとっての彼は、いつの間にこんなに近い人になっていたんだろう。  でも、自分からそんな言葉を口にする勇気がない。「もっと話したいから、お茶でもしよう」。もう高校生なんだから、これぐらいの台詞、あっさり口にしてもいいはずなのに。もし旭に断られたらと想像すれば、その台詞は喉より奥、まだ胸の中にあるうちに潰れてしまう。  なんて情けないんだろう。男の子に興味を示してこなかったツケがここでやってくるなんて。もっと結々みたいに考えて、経験値を積む努力をしてくるべきだった。異性だからって、まともに友だちらしく付き合うことさえ出来ないんだから。 「なあ」  すっかり黙り込んでしまった私の横で、同じように何かを考えていたらしい旭が言った。 「付き合ってくれへん?」  しばらく黙って、沈黙の末に、私の喉からは「へえ?」と小さな変な声が出た。  付き合って。初めて言われた聞き慣れない言葉が、頭の中で何度もリフレインする。付き合って。付き合って。うそうそうそ。私がそんなこと言われたの?  視線を上げると、何でもない顔の旭と目が合った。私は慌てて俯き加減に目を落とす。 「嫌やったらええねんで」 「え、あ、えっと」  そんな即答を求められましても。放課後の教室の時と同じように、一気に体温が上昇する。でも、あの時よりきっと三℃は高い。だって、今日こんな台詞を言われるだなんて思わないじゃんか。 「だって、その……」  どうしよう。どうしよう、どうしよう。  異常事態の私を見て、旭は「あ」って声を漏らした。 「すまん。言葉足らずやった。付き合って欲しいところがあるんや」 「……え?」 「男一人やと行きにくくてな。せやから、今度一緒に行ってくれたらありがたいんやけど」 「そういうこと……?」  私の間抜けな顔を見て、旭は何もかもを察してしまった。顔の半分で困って、もう半分では堪え切れずに笑っている。  今度は恥ずかしさで更に体温が二℃上昇した。もう熱中症で気絶しそう。 「言い方が悪かったな、悪気はないんや」そして彼は私の顔を指さした。「真っ赤やで」  次には明確な怒りが湧いてきて、それに恥ずかしさと変な肩透かしの感触と、いろいろな感情がごちゃまぜになって。 「ばか!」私は笑う彼の肩を思い切り叩いた。「変な言い方しないでよ! 今のは旭が悪い!」 「せやな。ぜーんぶ俺が悪いな」 「だったら笑うな! ばか! ばーか!」  あまりに恥ずかしくて、泣きたい気分で私は旭を叩く。ただ、泣きたいのはそれだけじゃなくて。  期待外れの悲しさが、ほんのちょっとだけ、私の心をつついていた。
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