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1-8 雨宿りはいらない
桜浜高校最寄りの駅から電車に乗って、旭の言った通り十五分後にはホームに降りた。私の行動範囲は決して広くなく、見覚えのない街できょろきょろしてしまう。そんな私とは反対に、旭はすたすた歩いていく。
住宅街というよりは、オフィスビルの並ぶ街。スーツを着た人たちが、ビルやコンビニを出たり入ったりしている。
旭に続いて、そこを一本逸れた路地に入った。準備中の居酒屋、お洒落な喫茶店、入ってみたい古本屋。それらの前を通り過ぎて、あるマンションの前で彼は立ち止まった。見上げて数えると、七階建てだった。
「ここに住んでるの」
「住んでるっちゅうか、事務所やな。先生の仕事場や」
「仕事中なのに、行っても大丈夫なの」
「むしろ俺は先生の家を知らん。予め言っとるし、大丈夫や」
急に緊張してきて、私は軽く制服の裾を伸ばす。旭がいるとはいえ、顔も名前も知らない大人に会って、どんな話をしたらいいんだろう。ついて来たはいいものの、少し不安になる。
そんな私の心配をよそに、旭は玄関脇の壁に設置された機械に触れる。慣れた手つきでボタンを押すと、ほどなくして機械の上部にあるランプが白く光った。
「俺、旭です」
初めて聞く敬語を旭が口にすると、「ああ」と若い男性の声が返ってきた。
「いいよ、上がって」
「今日は連れがおるんやけど、かまへんかな」
「連れって、珍しいね。友だち?」
「まあ、そんなもん」
「わかった。連れて来なさい」
部屋の中から操作したらしく、玄関の自動ドアが開いた。機械の白いランプが消える。
「マンションだよね」
中に入りながら私は尋ねる。「事務所にも出来るとこなんやと」旭はエレベーターホールでボタンを押した。すぐにエレベーターのドアが開く。
「俺はよう知らへんけど、まあ危ない事務所はないらしいから、安心しいや」
「そんな心配はしてないけど……」
ほどなくして私たちは、五階の廊下に辿り着いた。全く尻込みしない旭の後に続いて、一番奥のドアの前に立つ。「ほんとにいいの?」躊躇いながら訊いてみる。
「ええって言ってたやん。帰るか?」
私が首を振って否定すると、旭はチャイムを押した。少しして、開錠の音の後にドアが開いた。「こんちは」と言って上がる彼の後ろに隠れるようにして、私もそっと中に入った。「いらっしゃい」と声が聞こえる。
「鍵かけてくれ」旭に言われて、俯きがちの私は慌ててドアの鍵をかける。先生っていう人は奥に戻ってしまったけど、一応、お邪魔しますって挨拶をして、旭にならって靴を脱いだ。廊下には二足分スリッパが用意されていたから、それに履き替えた。
廊下は電気が点いていなくて暗い。右と左に一つずつドアがあって、奥にすりガラスのはまったドアがある。ドキドキしながら、私は旭に続いてその部屋に入った。
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