1-8 雨宿りはいらない

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 中は十二畳ぐらいの広い空間だった。テーブルと、それを挟んだ両側に椅子が二つずつ。壁際には本棚と隅には名前の知らない観葉植物。奥にはベランダがあって、窓からビルの並ぶ街並みが見える。  部屋の片側には、おざなりのキッチンがあった。小さな冷蔵庫と、作り付けの棚、シンク、一口のIHコンロ。一人の男の人が、そこからお盆を運んでくる。大地くんより背が高い、細身の若い男性。 「旭が他人を連れてくるなんて珍しいね。いや、初めてか」  テーブルにお盆を置いて、人数分のカップを並べてくれる。だけど私は、そのカップの中身が紅茶だろうがコーヒーだろうが、目に留めることさえできなかった。  私は、この人を知っている。 「まあ、なんちゅうか成り行きで」 「その成り行きが、一番興味あるな」  今流行りの中性的な顔立ち。一度見ただけの顔と名前が、まざまざと思い出される。 「い……出雲、さん?」  彼を凝視しながら振り絞った。 「知っとんか?」旭が驚いた顔をする。ということは、この人は出雲司で間違いない。 「私の友だちが、雑誌で見てて。それを私も学校で見せてもらって……」 「それはありがたいね。覚えていてくれて光栄だよ」  出雲司は、あの雑誌で見たのと同じ表情で笑いかけた。まさか、結々の言っていた有名人が、旭の先生だったなんて。 「あっ、私、あの、七瀬梓です。桜浜高校の……」  緊張がピークに達して、私はつっかえながら自己紹介をする。「そんな緊張せんでも」旭が呆れてしまうぐらいには、固まって。 「七瀬さんだね。どうぞ、座って」  出雲さんに促されて、私はテーブルについた。隣に旭が座って、その向かいに出雲さん。入れてくれたのはコーヒーではなく紅茶だった。用意してくれたスティックシュガーの中身を勧められるままカップに入れて、スプーンで混ぜて、おずおず一口飲んで、やっと人心地ついた。 「話はよく聞いてるよ。旭を構ってくれてありがとう」 「俺はペットやないんやけど」  出雲さんの柔和な笑顔とは反対に、旭は不満顔をする。旭が私の話をしているのが少し嬉しくて、どんな話をしているのか少し不安になる。
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