1-2 雨宿りはいらない

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1-2 雨宿りはいらない

「もう死ぬかと思った」後に結々は口にした。「マジで死ぬかと思った!」繰り返すのに、大地くんと話しても死にはしないと諭して、私は彼女を美術部に送り出した。  私の鞄は、大抵周りの子より少し重い。図書館で借りた本が入っていることが多いから。でも高校から図書館前のバス停まで十分、下りた先で五分歩けば家に帰れるから、重さはそれほど苦ではない。バスで座れなかった日なんかは、もう最悪の気分だけど。  読み終わった本を返すため図書館に寄った。月曜の休館日で、足元にタイヤのついた返却ボックスが玄関先に出されているのに、文庫本を三冊滑り込ませた。  見上げた青空には薄く雲がかかっている。けれど雨は降りそうにないので、少し中庭を散歩することにした。小さな庭だけど、イチョウの木が青々と葉っぱを茂らせていて、その下のベンチに座ると爽やかな風が吹いて気持ちがいい。木漏れ日が制服のスカートに零れ落ちていて、思わず見惚れてしまう。  なんだか眠くなってきたので、眠ってしまう前に立ち上がって庭を奥に進んだ。二十メートルぐらい歩いて突き当たった先で、右に折れる道がある。そこは建物と塀に挟まれた駐輪場で、私には縁がない。  だけど可愛い声が聞こえて、思わず足を止めた。「にゃあ」という猫の声。「なー」に近いかも。どっちにしても猫がいるなら是非とも姿を拝んでおきたい。  そう思った私の耳に、ぼそぼそと違う声が聞こえてきた。こっちは明らかに人間で、何かを言っている。その内容が聞き取れなくて、相槌を打つように「なー」の声が被さって、私はそっと駐輪場を覗き込んだ。 「……せやから、あかんって言うとるやないか」  自転車のない駐輪場には、ブレザーの制服を着た男の子がいた。ひと目でピンときた。先週、図書館の玄関先でずぶ濡れになっていた男子生徒だ。  腕を組んで話す彼の視線の先、塀の上には一匹の猫がいる。白い毛皮に黒いぶち模様の、可愛らしい猫。塀の上に丸まって、ゆらゆら尻尾を振っている。 「そない言うたって、食い過ぎたら太るで。病気にもなる。おまえまだ一歳やのに、成人病なんかなりたないやろ。……いや、成猫病か?」  やば。私は口の中で呟いた。  猫はぱたぱたと尻尾で塀を叩く。 「駄目や。なんぼ言うても、あかんもんはあかん」彼は軽く靴先で地面をつついた。「おやつが欲しけりゃ、俺以外からなんとかして貰うんやな。まあ、気いつけや、下手に近づいたらあかんやつも……」  猫の目が私を捉えて、その視線を追った彼がこっちを見た。その表情はみるみる私と似たものになる。ヤバい危険を感じた時の。
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