1-2 雨宿りはいらない

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「信じてもらわんでもええけど、ヤバいやつやって思われたままやと、今後会った時に気まずいやろ。やから弁解せなあかんって思たんや」 「私のこと、気付いてたの?」 「そりゃあ、他人でもよう見かけるやつは覚えとるよ。おまけに制服やと目立つしな」  私が彼に見覚えがあったのと同じく、彼も私を認識していたらしい。私が図書館に入り浸るようになった頃から、彼のことは自習室でよく見かけていた。本を読んだりノートを広げるブレザー姿の男子高校生の顔は、いつの間にか覚えていた。  今後も同じように自習室で鉢合わせるなら、確かに何の弁明もないままだとお互い気まずい。怪しいところはあるけど、取り合えず私の中で、彼はヤバい男の子から会話のできる高校生へ昇格した。 「ブレザーってことは、西ノ浦(にしのうら)高校?」  市内で唯一、学ランではなくブレザーを男子の制服としている高校の名前を出すと、彼は頷いた。 「こないだ高等部に編入したばっかやけどな。(いつき)(あさひ)や」 「えっと……樹くん」 「旭でええよ。くんもいらん」 「でも」 「俺にくん付けするやつおらへんし。なんか気味悪いわ」  躊躇しながら、私は「わかった」って呟いた。男の子を呼び捨てるのはやりにくいけど、本人が嫌だというなら仕方ない。彼、旭は猫の尻尾の先を指先でくるくると弄んでいる。 「やっぱり西ノ浦だったんだ。頭いいんだね」  県内の公立校の中でトップの偏差値を誇るのが、中高一貫校の西ノ浦だ。私には縁のない学校で、彼は市外の知らない高校の生徒だっていう可能性も考えていた。本当に西ノ浦だったとは、ちょっと尊敬。  でも、「別にそんなことあらへん」と彼は笑った。「運が良かったんやろ」運で編入できる学校だとは思えないけど。 「そっちはあれか……この辺やと、桜浜か」 「うん。私も入学したばっかりだけど。七瀬梓」旭が教えてくれたので、私も同じだけ自己紹介をする。  それから少し話をして、彼も帰宅部で暇を潰すために図書館に通っていることを知った。そこで一歳になる猫と知り合ったんだって。この子とは気が合って、しょっちゅう話をしているらしい。 「そういえば、この前は傘忘れてたの?」 「なんのことや」 「先週の火曜日、いきなり大雨が降ったでしょ。その時、傘ささないで出入口のベンチに座ってるの見た。正直怖かった」 「……そういえばそうやったな」  あの大雨を、旭はすっかり忘れていたらしい。少なくとも自分がずぶ濡れになったら、しばらくは忘れられない気もするけど。 「雨なんかしょっちゅうやからな。いちいち傘なんかさされへん」 「なにそれ」私は冗談かと思って笑った。けれど彼は当然な顔をして、「別に濡れるんなんか平気や。とっくに慣れた」そんなことを言った。  そして、私にとって忘れられない言葉を口にしたんだ。 「俺は、世界一の雨男なんや」
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