1-3 雨宿りはいらない

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1-3 雨宿りはいらない

 それから、私はたびたび旭と話をするようになった。図書館限定の邂逅だけど、しょっちゅう行く場所だから、話せる相手がいるのも悪くない。  中間試験を控えたその日も、私は図書館の自習室で勉強に励んだ後、少しだけ息抜きをしていた。 「何読んどるの」  つい夢中になっていた私は、その声にはっとして顔をあげる。通学鞄を肩にかけた旭が、いつの間にかそばに立っていた。 「なんや、勉強しとるんやないんか」 「してたよ。ちょっと休憩してるだけ」 「それにしては熱心やな」軽口を叩きながら丸テーブルに鞄を置いて、彼は隣の椅子に座った。私が見ていた本に目をやって、「こういうの、好きなんか」だって。 「……まあ、ちょっと」  隠さなくてもいいのに、彼が意外にも興味を示すから、隠すように本を自分に引き寄せた。それは、自腹で買うには値が張り過ぎる、分厚い天体の図鑑。重すぎて借りて帰るのも大変だから、私は図書館限定でこの本をよく眺めている。 「ふーん。俺はあんましわからんなあ」  旭の言葉に、少し不安になった。女子で宇宙の本を読んでいるなんて、変人だって思われないだろうか。だって、私の周りには、宇宙好きの仲間なんていない。女子なんて尚更だし。 「ちょっと見せてや」 「……はい」  渋々、図鑑を半分旭の方に押しやった。彼は右腕で頬杖をついて、ぺらぺらとページをめくっている。太陽系の惑星の写真、星座の見方、天体望遠鏡の仕組み。宇宙に関するいろんなことが載っていて、見れば見るほど欲しくなる。  字を目で追っていた旭は、あるページで手を止めて「へえ」と唸った。そこでは、真っ暗な背景に金星が浮かんでいた。 「明けの明星って、金星のことなんやな。明け方に見える星のことかと思っとった」 「理科で習わなかったっけ」馬鹿にするわけじゃなく、本音が漏れる。「西ノ浦なのに」 「そんな期待すんなや。編入試験には出んかった」旭は苦笑する。 「金星は真夜中には見えなくて、夕方や明け方にだけ見えるの。だから、宵の明星、明けの明星。太陽系で一番地球に似ている星で、姉妹惑星って言われるんだって」 「……ほんまや。そういうこと書いとるな」  写真の下にある説明文に目を落として、旭は感心した顔を見せた。 「姉妹惑星とか、よう知っとるな」 「だって、好きだもん」 「知らへんかったけど、そういう世界もあるんやな」  単純にもなんだか得意な気分になる。私も、彼の隣から図鑑を覗き込んだ。暗い夜空を背景に精いっぱい輝く星は魅力的で、そのスケールの大きさに、自分のちっぽけな悩みなんか吹き飛んでしまう。宇宙飛行士になって星に足跡を残したいなんて思わない。ただ、星空に思いを馳せる時間が私は好きなんだ。
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