「ダイイングメッセージ」的な

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「ダイイングメッセージ」的な

 与党の重鎮であった水無月六郎が、都内のホテルで変死体で発見された。  警視庁、そして東京地検特捜部は騒然となった。最大派閥「鶴亀派」で重要なポストにいた水無月は、巨額の収賄の容疑で特捜部にマークされていた。その矢先の変死事件である。  ホテルの室内で、水無月はトレードマークの青いスーツを纏い、巨体をうつぶせにして倒れていた。応接セットの卓上には大量の睡眠薬。遺体の下敷きになる形で「遺書」も見つかった。  周囲への聞き込みではここ数日思いつめたような表情をしていたようだ。死亡した前日もどこか心ここにあらずだったという。  しかし特捜部の内部では、渦中での自殺に不自然さを感じとっていた。収賄事件は派閥と大手商社が絡んだ組織的な犯行との見方が有力で、秘密裏に大手商社である剛田商事も追っていた。  その剛田商事副社長であるエドモント久保が数日前から姿を消している。彼もまた特捜部がマークしている人物である。会社が公表した内容では病気療養とのことだが、彼の所在を示す情報がどこにもない。  彼が今回の水無月変死事件に関与しているかもしれない。水無月は「組織的に」消されたのではないかという疑惑が急浮上した。  変死事件の捜査指揮は警視庁が執った。現場検証を終え、鑑識は奇妙なものを発見していた。  遺書となる便箋は遺体の腹の下から発見されたのだが、その便箋の裏側に正体不明の数字が書き込まれていたのである。事務的に書かれたような整然とした遺書の本文とは対照的に、殴り書きのように書かれたその数字の羅列には妙な迫力があった。 「これは一体なんでしょうか」  警視庁捜査一課長の来栖(くるす)は鑑識から便箋を受け取った。6桁の数字が7つ並んでいる。ボールペンで死力を尽くして書いたような筆跡である。 120643 052314 570801 271502 891923 970505 552116  筆跡鑑定の結果、この数字も遺書の文面と同様水無月本人のものと断定された。いったい何を意味するのか、来栖はじめ捜査員を悩ませた。  さては何かのメッセージではないか。来栖は最初にそう感じた。死に際に無念さを言い残す。いわゆるダイイングメッセージではないのかと。  しかしな、と来栖は同時に違和感があった。らしくないのである。来栖の知る水無月六郎という政治家は、いたって堅物で杓子定規な人物である。このような意味深なメッセージを残すような趣向は「らしくない」のだった。  水無月は叩き上げで党幹事長まで上り詰めた苦労人の政治家である。しかし有能ではあったものの、唯一残念な点はキャラクターがどうにも地味すぎることであった。革新を謳う政党のカラーには合わない。彼は党内では常に裏方に徹した。良く言えば真面目、悪く言えば面白みがない。  いつも丸々とした巨体に青いスーツと赤いネクタイを纏い、メガネをかけた丸顔は童顔で、陰では「未来の世界の猫型ロボット」と揶揄されていた。開き直ってそのキャラクターを全面に出せばまだ人気が出たかもしれない。いかんせん水無月はクソ真面目で愛想がなかった。不器用な性格でもある。それゆえに、派閥内でも花形にはなれなかった。組織に消されたとすればさぞ無念だろうと、ひっそりと来栖は思った。  水無月が残したダイイングメッセージらしき謎の数字はメディアに公表されることはなく、秘密裏に調べられた。しかしこれがいわゆる暗号というものなのかどうか、解読する手掛かりがなかなかつかめない。  捜査会議で来栖たちは頭を悩ませていた。 「直感では、6桁の数字が何かの法則で文字を示し、それが7つある。つまり7文字の言葉が現れるのではないか、と推測される。しかし手掛かりがなさすぎる」  遺書に残された数字が最初から水無月が用意していたものなのか、それとも文字通り死に際に書いたものなのか。正体は分からないが、彼の無念を示すであろうメッセージを明らかにすることで捜査は進展するはずだと来栖は確信した。  その時、ふと見つめていた現場写真の1枚に来栖は目が釘付けになった。そばにいた部下の神威(かむい)刑事を呼んだ。 「カムさん、ちょっとこれを見てくれないか」  来栖が示したのは、現場でうつぶせに横たわる水無月の写真である。 「よく見てほしい。左腕が頭の上の方まで伸びていて、手がほら奇妙な形をしている」  神威刑事もそれを見るなり「確かに変ですね」と頷いた。  遺体の水無月は左手を「OK」の形にしていた。人差し指と親指で円を作り、残りの3本の指はそろえて立てている。不自然ではある。意図的にそうしたサインを作っているようにも見える。 「OKとは、何を意味するのでしょう」  ふうむと来栖は腕を組む。と神威は手をポンとたたく。 「警部、ひょっとしてこれはOKではないかもしれませんね」 「カムさん、と言うと」 「これは数字の6を示しているのではないでしょうか。そしてこの6という数字が、6桁数字の暗号を解くキーになるかもしれません」 「なるほど、しかしいったい6という数字にどんな意味があるのか」  しばらく会議室で捜査員たちが思案に暮れていると、若い大江刑事が遠慮がちに手を挙げる。 「警部、暗号を用いる際にはキーとなる書籍を設定する例があります。今回もそう考えると、6という数字に意味がある書籍があるはずです。それが何なのか、さきほどからずっと考えていたのですが、水無月氏は東大法学部卒で、元法務大臣でもあります。ひょっとすると6は六法全書を示すのではないかと思います」 「六法全書!」 「はい。そして、この6桁の数字は例えばですが、2桁の数字が3つ合わさったものと考えることもできます。つまり『ページ』『行』『段』の組み合わせで考えると、6桁の数字で特定の文字が浮かび上がります」 「君はすごいぞ。調べてみたまえ。水無月氏の自宅、もしくは執務室の書棚に六法全書があるはずだ」  来栖の号令に、興奮したように大江は捜査部屋を飛び出した。  そして驚愕の内容が明かされるのだった。  六法全書を抱え持ってきた大江は、全員が注目する中でダイイングメッセージを解読していった。  その結果、 『ク』 『ボ』 『エ』 『ド』 『モ』 『ン』  というように、次々と文字が現れたのである。  来栖は戦慄を覚えた。何ということだ、水無月は自分を陥れた人物を露わにしようとしていたというのか! 焦点となっている剛田商事副社長のエドモント久保がここにきてようやく姿を現した。  しかし、そこまで示してから7つ目の数字を追って六法全書を手繰っていた大江の手が止まった。  うーん、と呟き「どうしたんだ」という来栖たちの言葉に首を傾げると、 「おかしいですね」  と独り言のように言う。 「ちょっとページの数字の並びがバラバラだったので、文字をページ順に並べ替えてみたんですが」  そう呟くと、途端に自信なさげに大江は解明した暗号をすべて書きだした。  そこにはこう書かれていた。 『ボク ドラエモン』 (了)
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