はじまりの口福 1

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 昔から、料理が好きだった。  料理人を父に持ち、物心ついた時から、ごくごく当たり前に色々な料理や食材を見聞きしていた。  そのような環境の中で、自分が食べることを好み、長じて作ることを好むようになったのも自然な流れだったのだろう。料理が生み出される調理場は、子ども心には何の比喩でもなく、キラキラした夢の世界に見えた。  だが、ある時から、料理が嫌いになった。  いや、正確には、料理を「食べたく」なくなったのだ。  料理というものに、料理を食べるということに、何の興味を感じられなくなったのだ。  始めはちょっと食欲がなくなったような感じで、何となく食事をしたくない気分になることが時々あるぐらいだった。  それが段々と増えていき、いつしか自分が日々口にする物に頓着することがほとんどなくなってしまったのだ。  食べ物を口に入れて、その味がどういう味か、美味いか不味いかなどははっきりと分かった。だが、そのことに心動かされることがなくなり、それに対する興味も関心も消えてしまったのだ。  そうなると、料理を食べるという行為は単なる「食事」に成り下がり、果てはただ栄養を摂取するためだけの「行為」になった。  別に何を食べたい訳はないけど、食べなきゃ倒れてしまうから、動けなくなってしまわないよう、適当に何か目についた物を口にする――。  いつの間にか、そんな日々に甘んじるようになってしまっていた。  子どもの頃には、あんなに食べたい物が沢山あって、いつか自分の思うがままに、好物を好きなだけ食べてみたいと夢見ていたはずなのに。  いざ自分で働けるようになって、それを叶えられるようになった時には、その夢に何の価値も見出せない人間になっていた。  だが、心のどこかに、ほんの片隅に、まだ少しだけその夢見る「ときめき」の残り物があったのかもしれない。そして、またいつの日か、その存在に気づくことができる日を、どこかで待ち望んでいたのだろう。  心からご飯を美味しいと思える、そんな日常を。
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