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討情分4
「楽しそうじゃねえか。おれも混ぜてくれよ」
天井の穴から声が降って来る。どすの利いた太い声は、黒獅子の蒋だ。
柘は黒い水面をゆっくりと泳ぎ、浮かんでいる榻まで辿り着くと、
「なら降りて来いよ」
天井に向かって言った。
「そうしたい所だが、残念ながらおれは金槌だ」
「だったら引き上げてくれないか。そしたら混ぜてやってもいいぜ」
「気前がいいな」
「なあ、蒋。三人でやろうぜ。サービスするからさ」
緑が浮き沈みする榻に寝そべり、見せつけるように脚をひらく。
「莫迦野郎。品のねえ事やってっと、哥さんに愛想つかされるぞ」
蒋が言うや、緑が飛び上がって柘の顔を覗き込み、蒋が大笑いする。
「三人でのんびり楽しみてえが、残念ながら時間がない。哥さんだけ上がって来い」
「おれだけ上がっても、つまらんぞ」
「いや、哥さんだけでいい。この所、あんたの夢ばかりみる。会えるのを仏さんに祈っていたくらいだ」
「蒋、妙な気起こしたら殺すぞッ!」
緑が血相を変えて怒鳴り、蒋がくすくす笑って穴の脇に腰を下ろす。
「慌てんな。元元おれにそっちの気はねえ。勝負するだけだ。なあ、哥さん。約束したことを憶えているだろう」
蒋が見下ろしながら低く言う。柘は逆光の蒋を見上げた。
「分かった。だが緑を先に上げてくれないか」
「麗猫は勝負の形だ。あんたが勝って、上げてやりゃあいい」
「緑は物じゃない。緑を上げてくれないなら、勝負はできない」
「なら、どぶの中で二人仲良く死ぬってかい? おれはな、ずっと捜していたんだ。ぞくぞくするような勝負のできる漢をよ。だから生き恥曝してここまで来たんだ。揃って生きていたけりゃ、腹ァ括って勝負しやがれッ!」
蒋の怒声が地下に反響する。息を詰めた柘の傍で、緑が涼しい面つきで口をひらく。
「いいぜ、蒋。おれの命、旦那に預ける」
「挑発に乗るなッ」
柘は一喝した。黒獅子の蒋は侮れない強敵だ。まともな状態であっても、勝つとは断言できぬ相手である。ましてこの傷ついた躯では勝ち目など無い。
「蒋は本気だ。やるしかねえよ」
緑が水面に揺れる榻に掴まりながら、柘を見つめる。
「駄目だ」
「おれは旦那の腕を信じてる。ジゲン流で叩っ斬ってやりゃあいい」
「駄目だ」
「おれはずっと旦那を稽古を見てきたんだぜ」
「駄目だッ」
柘は撥ね付け、天井を仰いだ。
「黒獅子の蒋。勝負には死力を尽す。約束する。だから緑を巻き込むのだけは止めてくれ」
「覇気のねえ奴と勝負する気はねえ。あんたが本気になるなら、ここで麗猫を撃ち殺してもいいんだぜ」
逆光の影に銃身が光った刹那、爆音と共に榻の脚が吹き飛ぶ。咄嗟に庇った柘の腕からするりと抜けて、緑が少し離れた黒い水面に顔を出す。
「おれはとっくに腹を括ってる。だから旦那の好きにやれ」
「死にたいのかッ!」
思わず声を荒げた柘を、緑が動じるふうもなく笑みさえ浮かべて見つめ返す。
「いいよ、旦那となら恐くない。あの世へ行ったら旦那と二人、蓮の花になるって決めている。だが勝てば、リュイ・スペシャルで乾杯できる」
黄色味をおびた薄い光の中、緑が濡れた頬をほころばせ、白い歯並みを見せて笑った。呆れるくらい明るい笑みだ。
(どうして笑っていられる? こんな無謀な賭けに命を預けるなんて……おまえはもっと利口だったはずだ……)
柘は出逢った頃の緑を思い出そうとした。何をするにも金銭を要求する、計算高いリアリストだった。美麗な顔は西洋人形のようで、澄んだ眼は硝子玉を嵌め込んだような——
けれども今、柘を見つめる翡翠色の眼は夢みるように生き生きしている。
「相談は終わったか?」
頭上から野太い声が響き、柘は息をついた。
「本当に莫迦になったんだな。呆れたぜ」
「煩せえや。莫迦のほうが楽しんだい!」
緑が造作を崩す勢いで笑った。すると鼻水が垂れ、緑はそれを無造作に手でかんだ。柘は脱力して笑った。少しは加減しろと言ってやりたい。
(どうして笑っていられるのか? その答えは、こいつの眼を見れば分かるじゃないか)
柘は天井を睨んできっぱり声を張った。
「黒獅子の蒋、勝負だッ」
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