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第5話 黄色いバラ
夕食の時間になり、私は料理と先程ステラの花屋で買った黄色いバラを持ってキースの部屋に向かった。
キースは何事もなかったかのように私を部屋に入れてくれた。
私はといえば、昨日のことが蘇り、緊張で手が震えるのを感じながら慎重に料理をテーブルにセットしていく。
そして最後に黄色いバラが入った一輪挿しをテーブルの真ん中に置いた。
キースは花をチラッと見たが特に何も言わなかった。
「では、1時間後に片付けに参ります。失礼いたします」
(花を置くことで少しでも夕食のイメージが変
わってくれればいいなぁ)
私はそう願いながらキースの部屋を出た。
サラが部屋を出ていき、1人になった部屋でキースはテーブルを眺める。
(黄色いバラ? あの娘、なぜ花なんか置いていくんだ)
やれやれと首を振り、いつものようにテーブルにつく。
いざ食事を始めようとすると自分の目の前に黄色いバラが見える。
毎日食事に興味を持てず、ただただ機械的に料理と向き合っていた自分の心にわずかな揺れを感じた。
(なんなんだ、この感覚は)
今まで1人だった夕食の時間だが、誰かに見守られているような温かい感覚だった……。
料理を片付けに来た私は少し驚いた。
(えっ、お肉だけじゃなくて他のものも少し食べてくれてる!)
信じられない気持ちでキースのほうを見る。
キースは相変わらず読書を楽しんでいるようで、私が見ているのに気づいていないようだった。
それでも私は、嬉しさで緩んでしまう顔をキースに知られないように片付けに集中した。
全ての料理の皿を片付け、テーブルの真ん中に置いた一輪挿しに私が手を伸ばした時、キースから声をかけられた。
「そのままでいい」
「え?」
「そのまま置いておけ」
読んでいた本をパタンと閉じると、キースはこちらを振り返り、私の手元にある黄色いバラの入った一輪挿しに目をやった。
「そのまま置いておけと言っている」
「は、はい。かしこまりました」
(もしかして気に入ってくれたのかな? 嬉しい!)
再び読書に戻ってしまったキースを後ろから見ながら、私は幸せな気持ちで食堂に帰るのだった。
今日はエリックたち料理人は仕事を終えて帰ってしまったようだった。
「お腹すいたなー」
私は厨房を借りて何か作ろうと考えた。
厨房の大きな冷蔵庫は食材の宝庫だ。
お腹がすいたら自分で料理を作ってもいいとエリックから聞いている。
「お城の食事もすごく美味しいけど、やっぱりご飯とお味噌汁食べたいなぁ」
私は冷蔵庫を覗いた。
「ほんとなんでもあるよね、ここの国。あ、豆腐とネギがある! お味噌もだし入りとか! ありがとう冷蔵庫!」
私は冷蔵庫に手を合わせると、早速お味噌汁作りを始めた。
厨房に味噌のいい匂いが漂う。
欲が出た私はご飯も炊こうとお米を少しもらい、洗って鍋にかけた。
先に豆腐のお味噌汁が完成し、しばらくしてほかほかのご飯が炊けた。
「なんかすごく久しぶりな気がする。いただきます!」
一粒一粒が光り輝いているご飯!
そして、豆腐とネギと味噌のハーモニー!
「うーん! 美味しい〜! 幸せ〜」
私が幸せを味わっていると、どこからか人の気配がした。
「美味しそうな匂いがするな」
そう言いながらその男性は私がいる食堂にやってきた。
「俺にもそれ分けてくれないかな?」
私が座っているテーブルに向かい合わせに座ると、その男性は私に微笑みながらそう言った。
「俺、執事見習いやってるんだけど今日の夕食食いそびれちゃってさ。厨房に誰か残ってないかなって見に来たらいい匂いがしたから」
男性は私の食べているご飯を見ながら、羨ましそうにお腹を押さえた。
「はい、ちょっと待っててください。今持ってきますね」
私が残ったご飯とお味噌汁を男性に差し出すと、男性は一口食べ、その後一気にそれをかき込んだ。
「うまい! こんな料理初めて食べたよ」
満面の笑顔でご飯を平らげた男性に思わず吹き出す。
「気に入ってくれて良かったです」
「これ、食堂のメニューにならないかな? そしたら毎日食いにくるのにな」
ニコニコと話している男性の顔を見ているとまた思い出した人がいる。
(キース様にもこんな風に美味しい料理で笑顔になってほしい……)
私がそう考えていると、男性はごちそうさま、と席から立ち上がる。
「俺、執事見習いのレン。君は?」
「あ、私はサラです」
「これも何かの縁! よろしくな、サラ! 今日はありがとう」
そう言ってレンは颯爽と去っていったのだった__。
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