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第7話 近づく距離
次の日の昼の食堂。
私はエリックに呼ばれて厨房に入った。
「昨日、何人かの騎士たちがサラさんのまかないご飯を食べさせてくれって食堂に来たんだ。なんでも執事見習いのレンくんから聞いたとかなんとか言ってたけど」
私はこの間の出来事を思い出した。
豆腐のお味噌汁を作って、ご飯を炊いて……
そこにレンが入ってきたのだ。
「あ、この間夕飯をここで作ったんです。この国に来る前に住んでいたところでよく食べていた料理なんです」
(料理っていうほどじゃないけど!)
私の話にエリックは興味を持ったらしく、それを作ってくれと言う。
「わかりました。ちょっと厨房の隅を使わせてもらいます」
私は厨房の隅でこの間の手順で調理をした。
出来上がったご飯とお味噌汁をエリックに差し出す。
「わぁ、初めて見る料理だよ! 食べてもいいかな?」
「こんなものでよければどうぞ」
私は照れながらエリックにうなづいた。
「いただきます!」
エリックは料理人らしく細かく観察しながらご飯とお味噌汁を食べている。
「うん、美味しかった! ごちそうさま」
エリックが食べ終わったところでソフィアが私たちのところに様子を見にやってきた。
「どうだい? エリック。ここの食堂で出せそうかい?」
「そうですね。味が濃いものばかりなのでこういうあっさりしたものもいいと思います」
「そうかい。じゃあサラ、明日からこのメニューを増やすから調理を手伝っておくれ」
ソフィアは私のほうを見るとそう告げた。
「え? あ、はい。それは構いませんけど」
私が戸惑うのもお構いなしにソフィアは話を続ける。
「これ以外にも何品か作れるなら頼むよ」
こうして私は厨房の料理人としての仕事も任されることになったのだった__。
昨日買ったペチュニアのブーケを持って、キースの夕食を届けにいく。
部屋に入るとキースは私のほうを向いた。
今日は読書をしていないようだ。
キースは私の手元にあるブーケを見つめ、興味深そうに尋ねた。
「それは何という花なんだ?」
「これはペチュニアという花なんです。『心のやすらぎ』という意味があるんですよ」
私は黄色いバラを一輪挿しから取り出し、代わりにペチュニアのブーケをそこに挿してテーブルに置いた。
「『心のやすらぎ』か。では、黄色いバラにも意味があるのか?」
「あ、えっと、その、」
(『友情』なんて言ったら引かれるかも、どうしよう)
「わからないのか?」
キースが残念そうに私を見る。
そんなキースの顔を見て私は思い切って話し出した。
「『友情』です! ごめんなさい! 私、キース様ともっと仲良くなりたくて!!!」
「は? ふっ」
早口でまくし立てる私をあっけにとられながら見たキースが思わず吹き出す。
(あ、笑った……)
私は、恥ずかしくて真っ赤になりながらもキースが笑ってくれたことがすごく嬉しかった。
「お前、夕食はもう食べたのか?」
「あ、いえ、まだです」
「じゃあここで食べていけばいい」
「え?」
(今、ここでって言った? 一緒に?)
意外な言葉を言われて少し困惑をする。
「どうした? 嫌なのか」
「い、いえ、嫌だなんてとんでもないです。ご一緒します!!!」
私は緊張しながらもキースの前の席に座る。
そんなぎこちない私たちに、テーブルの真ん中にあるペチュニアの花がやすらぎを与えてくれるのだった。
レンは執事見習いの仕事を終えると自分の部屋に戻っていた。
その途中、サラがキースの部屋から出てくるところを見かけた。
(あれサラじゃないか。キース様の部屋から出てきたけど知り合いなのか?)
レンはキースとは接点がない。
噂に聞いたのは、キースが偏食だということだけだ。
レンにふと考えが浮かんだ。
(サラにキース様との仲を取り持ってもらえば、早く執事になれるんじゃないか?)
自分では頑張っているつもりでも、なかなか執事になれないことに焦っていた。
王子直々の推薦があれば上の連中も口は出せない。
「俺にも運が巡ってきたんじゃないか?」
レンはそうつぶやきながら、自分の部屋へ鼻歌混じりで戻っていくのだった__。
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