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尚食局
翌朝、いつもより早く起きた私は、昭儀さまの洗濯ものを畳んでお屋敷へと届け終える。その後は平和な日常を取り戻し、雹華と私は今、洗濯がひと段落してお昼を食べに食堂に向かっているところだった。
「あーお腹空いた!」
「ホント~。あ、昨日はごめんね。すれ違いで夕飯食べただろうなって思っちゃって。取っておけば良かったよね」
「全然大丈夫だから雹華は気にしないで。ちゃんと食べれたし」
むしろ久しぶりに前世の料理も作れて食べれて、ラッキーだったと思ってるくらい。こっちの料理って、どれも”イマイチ”なのよね。美味しくないわけではないんだけど、もったいない。ちょっとしたことでもっと美味しくなるのに、って前世を思い出してから物足りないなと感じていた所だった。
「まさかさらに仕事を押し付けられてるとは思わなかった。どんだけ意地が悪いの」
憤慨する雹華に私も同意する。
「ホント、それもわざわざ汚すなんて、どんだけ暇なんだかー」
「これ言うと、鈴風は嬉しくないだろうけど……、それだけ鈴風が綺麗ってことなんだよね。昭儀さまも気が気じゃないんだよきっと。まぁ、私としては昭儀さまの見る目だけは褒めたいところだけどね」
ホント嬉しくない。
前世では、美人に生まれてたら人生バラ色だったろうなーなんて思ってた私だけど、宮女と言う立場の私にとっては害でしかない。
「そもそも私みたいな下っ端、陛下の視界に入る機会だって無いのに」
何をそんなに心配することがあるのだろうか。
「ご寵愛があればきっと違うのかも……」
「昭儀さまは陛下からご寵愛を受けていないの?」
驚いて隣を見れば、雹華も「まさか知らないの?」と反対に驚かれてしまった。
「昭儀さまどころの騒ぎじゃないのよ、この後宮の妃の誰一人として陛下の御渡りが一度もないって噂よ」
その言葉に私は目を見開いた。
なんだか思ってたイメージと違う。
御渡り、とは陛下が妃と閨を共にすることでそれをご寵愛と呼ぶ。私の中で後宮を抱える国は、陛下が毎夜違う妃の所を訪れては正妻である皇后にヤキモチ焼かれているイメージだった。
そういえば、皇后の座も未だに空席だったのを思い出す。
そうか、それで昭儀さまはライバルとなり得る芽を少しでも摘もうと必死なのね、と妙な納得感があるけど、だからって嫌がらせを肯定できるはずはなかった。
「ほんっと、鈴風は噂に疎いんだから」
「だって興味ないから」
皇帝陛下だの、正一品だのなんだの、私には無縁の話だから。いつも噂話に花を咲かせる宮女たちを見て、なにが楽しいのか私には理解できなかった。前世でも、恋だの愛だのに現を抜かす余裕なんて欠片もなかったから、余計にわからないっていうのもある。
……にしても、誰にも手を出さないなんて、うちの皇帝陛下はどれだけ面食いなんだろう。昭儀さま以外の妃さまを見たことがないからわからないけど、きっとみんな綺麗に違いないでしょ。
それとも女性に興味がないとか?
それはそれで面白いかもしれない。
むふふ、と一人想像を膨らませていると、
「――あ、いた! 尚食さま、あの子です! あの子が鈴風です」
前方で私を指さし、そう叫ぶ二人の姿があった。尚食、とは尚食局をまとめるトップの女官長だ。どうしてそんな偉い人が私を探してるんだろう。と考えたところでハッとする。
もしかして、昨日の夜に厨房を使ったことがバレたのかも……。
私は、ちょっと青くなりながら、二人のもとへと早足で駆け寄った。
「あなたが鈴風?」
「はい、李鈴風でございます」
「あなた、うちで働く気がありますか?」
「はい?」
「もし、あなたが望むなら、今日から尚食局で勤めさせるようにと上からお達しがありました」
なんで急にとか、どうして私なのかとか、疑問が浮かぶよりも先に私は「やります! やらせてください!」と叫んでいた。
だって、こんなチャンス二度とない!
今世でも、私の夢が叶えられるかもしれないと思うと居てもたっても居られなかった。
「やる気はあるようですね。わかりました、上には私から伝えておくので、昼食を済ませたら厨房に来なさい。――珠蘭、鈴風に昼食の片付けから夕飯の仕込みを手伝わせるように」
「はい、わかりました」
「よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして、その場は解散となる。
「鈴風がなんで尚食局に?」
二人の姿が見えなくなってから、雹華がぽつりと言った。
「なんでだろ……」
てっきり怒られると思ったのに。
「でも、おめでとー! 大出世!」
「下っ端だけどね」
「あっ、ってことは、もう鈴風と洗濯できないってことぉ? それはやだー!」
嘆きながら抱きついてきた雹華を引きずって、昼食を食べに食堂に向かった。
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