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前夜
「ただいま」
ある日の夕方。空も茜色を深めた頃、常世家の一人息子は帰ってきた。
「おかえり。遅かったな」
「まぁ、ね。あの先にご飯食べていい?」
「後ちょっとでできるから手洗って来い」
「わかった」
家に帰ると何やら揚げ物をしている音がする。ぱちぱちと軽い音がリビングに響く。
「颯太、学校どうだった?」
「普通だったよ。あぁ、そういえばこの前御影と一緒に解いた問題が試験にで出たよ」
「……どうだった?」
「解けたよ。御影すごいね。あんな難しい問題も簡単に解いちゃうなんて。」
「簡単じゃなかったけどな…まぁ、飯できたから一緒に食お?」
颯太、と呼ばれた青年は御影という男性に促されて食卓に着く。御影はというと揚げたてのエビフライをさらに移している所だった。
「何か手伝おうか?」
「そうだな……あ、フライと茶碗を持って行ってくれないか?」
皿に移動しきったエビフライはおとなしく颯太に食卓に連れていかれた。この屋敷では常世家の家族に一人の使用人が付くシステムになっている。その使用人の種類は様々で、一緒に食事をするものや使えている人と別々に食事を摂る者など人によって様々だ。
「いただきます」
できたてほやほやのエビフライは皿の上で湯気を立てて待っている。颯太は付け合せのキャベツを一口頬張った。細かく千切りにしてあるキャベツはふわふわしており、あっという間に颯太は完食してしまった。
「腹減ってたんだな」
「うん。あ、今日のお弁当美味しかったよ。やっぱり御影の作るご飯は美味しいね」
「そっか。ありがとうな」
一言、感謝をすると御影は照れ隠しのように味噌汁を一口飲んだ。
サクッ
「エビフライ美味しい」
「そうか。実は今回ちょっと焦げて失敗たんだよなぁ」
「珍しいね。御影が失敗するなんて」
颯太にとって御影は完璧な人間というイメージが強かった。そんな御影でも失敗するんだと知って、颯太は少し嬉しくなった。
「洗い物はそこ置いといてくれていいから」
「え、でも……」
「いいからいいから。ほら、早く風呂入ってこい」
ご飯を作ってくれたお礼に洗い物を片付けようとしたら、御影は慌てて颯太を静止した。口にこそ出さないが御影の中で皿洗いは使用人の仕事だと割り切っている。それを主である颯太にやらせるのは御影のポリシーに反する。
「分かった。あのさ、今日も一緒に勉強しない?」
それを感じ取ったのか大人しく颯太は御影の言う通り、風呂に浮かう準備をする。扉に手をかけながらいつも通り御影と一緒に勉強しようと誘う。
「あぁ。じゃあ風呂上がりにやろうな」
颯太は軽く頷いて押戸をくぐった。
「颯太」
自室に戻ろうとすると颯太の父であり、現・常世家の当主、常世和史が颯太を呼び止めた。
「どうしたんですか」
最後に父を見たのはいつぶりだろうか。幼い頃から忙しくしている父を颯太は久しぶりに見た。屋敷内ですれ違う事はあるがそれもそんなに機会があるわけでもない。
「風呂はまだか?」
「はい。今から入ろうと思っています」
「そうか。風呂上がりに私の部屋に来なさい。少し話がある。」
「わかりました。お手数が御影にも伝えておいてください」
要件だけを簡潔に伝えて父は足を動かし始めた。前よりも左足を引き摺るように歩いているように感じる。颯太の最後の伝言を父は御影に伝えてくれるだろうか。ありもしない可能性に更けながら颯太は自室に向かった。
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