第一章 光の国リルフォーレ

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第一章 光の国リルフォーレ

春、木々は艶やかな新芽を風にそよがせ、目覚めたての小鳥たちが我先にとさえずり始める。生命力豊かな森の奥に、その国はひっそりと佇んでいた。 ここは光の加護を受けた小さな国、リルフォーレ。四方を森に囲まれ、石と木組みで出来た街並みに、人々が暮らしていた。 国の中心には、白亜の石組で作られた大聖堂。リルフォーレでは、最も大きな建物の一つだ。 爽やかな朝の風が吹き込む中、その大聖堂の重い木の扉を、一人の少女がゆっくりと押し開いた。 流れるような銀の長髪に、蒼い瞳。いつだったか、たまたまこの国を訪れたという旅人に、「君の瞳の色は、まるで海のようだね」と言われたことがある。 最も、リルフォーレに海はなく、即ち少女もまだ海を見たことはないのだが。 少女の名はイリス。歳は今年で十八になる。 イリスは大聖堂に入ると、慣れた足取りで奥へと進んで行った。 「あら、イリスちゃんじゃない!」 教会のシスターと思しき女性が、すれ違い際にイリスを呼び止める。 「久しぶりねぇ。今日はどうしたの?」 「シスター、おはようございます。今日から神殿の守護に新しい聖天使が就くので、お迎えに来たんです」 イリスも微笑みを返しながら、シスターにそう応えると。 「ああ、そうだったわね!いやだわ、昨日の夕方まではちゃんと覚えていたんだけど…」 目元の皺を深くしながら、シスターがくすくすと微笑む。いつだって朗らかな彼女は、教会に来る人々を温かく迎え入れる、母のような存在だ。 シスターと別れてから、イリスは待ち合わせ場所である“祭壇の間”の扉を開き、中へ入り込んだ。 部屋に、イリス以外の人影はない。少し早めに家を出て来たので、イリスの方が先に到着したのだろう。 “祭壇の間”。その名の通り、正面に備え付けられた大理石の祭壇には、この国の建国の祖である光の女神、リリーフェが祀られている。 イリスは祭壇の手前まで歩を進めると、手を組んで静かに祈りを捧げた。 その昔、荒れ果てたこの地は、人々がいくら土を耕しても良い作物が育たなかった。しかし、そこに降り立った女神リリーフェの光の加護により、大地は豊かさを取り戻し、緑が茂りだしたという。 畑にも、人々が生きていくために十分な作物が実るようになった。長い間不作に苦しんで来た人間たちは、光の女神への敬意を込めて、いつからかこの地を“リル・フォーレ”と呼ぶようになった。太古の言葉で、「光の加護」を意味するものだ。 それから長い年月が経った今となっても、この国には女神の加護が生き続けている。 リルフォーレに生を受ける子供たちは皆、光魔法を持って生まれてくるのだ。 その中でも特に強い魔力を持つ者は“騎士”に選出され、国を守護する役目を持つ。 また、光魔法の中でも“浄化”の魔法種(カインド)を扱うことが出来る者は、“天使”に選出される。 イリスも、この“天使”の一人であった。
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