第十章 祭りのあと

11/11
前へ
/86ページ
次へ
「…なぁ、イリス」 呼ばれて、イリスはアークの横顔を見上げる。 「無事に退院出来たら…俺と、番になってくれないか」 刹那、イリスの頬が朱に染まるのが、薄暗い中でも見て取れた。 「俺はこれからもずっと、イリスを守り続けるから」 「…うん」 イリスはしっかりと頷き、アークの肩にそっと額を預けた。気を抜いたら、嬉しさで涙が零れそうだ。 アークも、そんなイリスの肩を抱き寄せて。 「退院したら、俺も宿舎を出るよ。一緒に、あの家に帰ろう」 「うん。また一緒に暮らせるんだね」 アークの腕の中で、イリスが嬉しそうに笑う。互いの温もりに身を預けながら、2人はただ静かに、窓の外の星空を見上げていた。 重なり合った2つの鼓動に、血潮までもが溶け合うようで。 いっその事、このまま――あなたと、ひとつになれたら。 「…ねぇ、アーク」 心地よい熱の中で、イリスが呟く。 「番になるの…今すぐじゃダメかな」 その、甘い声を聞くなり、アークは。 みるみる顔を真っ赤に染めると、飛び退くように立ち上がる。 「…なっ、何言って…!まだ治りきってもいないのに、無理に決まってるだろ!!」 「ううん、平気だよ?今はどこも何ともないもん」 そう言って微笑むイリスを前に、一瞬、理性がぐらりと傾く。 「…っ、だ、ダメだ!お前はもう寝ろ!俺は見張りに戻る!!」 「うぷ!」 すんでのところで持ち堪えると、アークはイリスに頭から布団を被せる。そして自分はぎこちない足取りで、扉近くの椅子にドスンと腰掛けた。 しばらくの間、アークはイリスに背を向けて、ひたすら耐えていたのだが――やがて、ベッドから寝息が聞こえて来たので、恐る恐る振り返った。 近寄ってみると、イリスは既にベッドの中で熟睡している。 (こいつ…この状況で、肝据わってんな…) まだ赤みを帯びたままの顔を右手で覆い、思わず溜息が漏れた。押さえ込んだ胸の奥ではまだ、欲求がくすぶっているのを自覚する。 目の前のイリスの寝顔には、銀の髪が少しかかっていた。アークはそれを、指でそっと掬い取り。 (…少しくらい仕返ししたって、罰は当たらないよな) 触れても、起きる気配はない。無防備に眠り続けるイリスに、そっと口付けた。 それから、イリスが退院するまで毎晩、アークが眠れぬ夜を過ごしたことは、言うまでもない。  
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加