月が雲に隠れたら

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会いたくない時にかぎって遭遇しちゃうあるある、どうにかなりませんか神様。 空を仰いで心の中で呟く。 完璧なカタチの満月があははと笑った気がした。 帰り道にあるコンビニから同級生のマサシが出てきた。 私は通話ボタンを押そうとしていた画面を閉じた。 『おう!今帰り?遅せぇな?』 『飲み会だったからね。』 正確には飲み会ではないけどね。 『マサシも帰り?』 『俺は一度帰ったんだけど、暇だから漫画買いに来たんだよ。』 『金曜日の夜に暇って。 彼女は遊んでくれないの?』 聞きたくないけど聞いてみる。 『…ああ、この前の週末に振られたからな。』 『…えっ!…』 言葉に詰まったのは気付かれたくない。 慌てて続ける。 『えー、あんなに可愛い彼女だったのに。 何かしたんでしょ?』 『何もしてねぇわ。仕事してただけだ。』 マサシの仕事は休日が不規則だ。 友達との予定も立てづらいと嘆いていた。 『そっかそっかー。 マサシは仕事には真面目だもんね。 まあ、また理解ある人に巡り会えるよ。 口は超悪いけど優しいからね。』 まだ少し酔ってるのかな。 いつもより素直な言葉が出てしまう。 『さっすが付き合い長いだけあって、俺のことわかってるなー!』 そう言って私の肩をバンバンと叩く。 『あ、アイス食う?』 ツインになってるチューブのアイスを引き離して、片方をくれた。 『懐かしいアイスだね。ありがとう。』 相棒から引き離されたアイスに何となく心が痛んだ。 食べるのに夢中なふりをして、しばらく黙って歩く。 何も言わずに私の家の方から帰ってくれようとしている。 マサシは私のことわかってないよね。 中学2年から片思いしていることも。 放課後の教室で《あいつはねぇな》と言っているのを聞いてしまったことも。 そこから前にも後ろにも進めなくなったことも。 今日会社の同期から食事に誘われて《付き合おうよ》と言われたことも。 さっき電話して返事をしようとしていたことも。 10年の片思いに決別しようとしていたことも。 わかるわけないか。 伝えてないもんね。 月明かりに照らされた横顔は少年の面影がなくなり、凛々しくて彫刻のよう。 季節外れの半袖からすらりと伸びた長い腕に抱きしめられるのを夢見てきた10年は…長いようで意外と短かった。 『月が綺麗だなー。』 マサシが満月を見上げて呟く。 夏目漱石なんて知らないだろうなと思いながらも、‘彼女と別れたマサシ’からの言葉に意味を探してしまう。 そんな浅ましい自分の心に嫌気がさした。 もう本当に潮時なんだなぁ。 電話をして返事をしようとした決心はマサシの顔を見て揺らいだけれど、それでよかった。 もう迷うのはおしまい。 本当の結末は本人にぶつけないと訪れないことはだいぶ前からわかっていたじゃない。 危うく誘ってくれた中倉くんに失礼なことをしてしまうところだった。 冷たい風が吹いてきて、満月のまわりに雲が漂いはじめる。 『ちょっと寒いー!』 『半袖で出てきてアイスなんか食べるからだよ。』 私の食べ終わっていないアイスを腕に押し付けた。 『うわぁ!やめろー!』 無邪気にはしゃぐ笑顔を胸に焼き付けておこう。 月が雲に隠れたら、私の気持ちを告げようか。 マサシの顔が気まずさと申し訳なさに歪むのを月明かりの下で見たくない。 並んで近くを歩くのはもうこれが最後かもしれないから。 私のブサイクな泣き顔も暗闇に溶けてしまえるように。 さあ、月が雲に隠れたら。 月が雲に隠れたら。
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