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28.偽帝
「そんな大義、不要です。それに、大義を仰るならなぜ、私を放っておいたのです? なぜ迎えに来てくださらなかった!? 私がお兄様の理想を理解できず、足を引っ張るとでも? お兄様が私を見捨てたから、私は私を冷遇した宮とお兄様に復讐するしか無くなったのですよ!」
「そのような、近視眼的な思考の持ち主が我が双子の妹とは!! 呆れる!!」
吐き捨てるように? それとも冷笑するように? 樫宮が口にした言葉に、相手も冷ややかな笑いを返した。
「お兄様が大局を見られることは分かっています。確かに我々は全てを共有して生まれてきたのですから。ですが、それなら人の恨みに、感情に、もう少し注意を払うべきでしたね」
その言葉の内に潜むのは、もっと深い恨み。
「和樹丸。其方もか?」
後ろで拘束する和樹丸に無理やりぐいっと首を回して、樫宮は尋ねる。
「私は私だけの力が得たいのですよ。誰かに与えられる力ではなく、私自身から生まれる力が。あなただってそうでしょう? だから、帝の地位を望んだ。違いますか、樫宮様?」
和樹丸は樫宮に囁く。その言葉に動きをとめ、樫宮はしばし考えたようだった。数秒後、樫宮の顔が緩む。
「ふ。そうだな」
そう言って、樫宮は微かに笑った。それを見届けて、蔦宮が宣言する。
「樫宮は偽帝である! 皆、反論はないか!!」
その言葉に、太政大臣の座についていた雁智がはいずるように手をついて、声をあげる。
「い、異議は……樫宮様は……その者は!」
「これは正しく、樫宮である! 偽るな! 柴宮雁智!!」
蔦宮の叱咤が轟く。
「し、しかし、本物の葦舟命陛下は、」
それでもまだ、雁智は逃げ道を探していた。
「そのようなものどこにもおらぬ!」
和樹丸の断言に樫宮を除く男たちの顔色が変わった。今初めてそのことを理解したように。
「これを偽帝と認めるか、どうか?」
和樹丸と蔦宮、二人の女の視線が色秤殿の中を巡った。男たちは顔を見合わせて……。
「しかし、葦舟命様が偽帝となると、次の帝位に相応しい方がいなくなる……?」
「蔦宮様は女宮なれど、色の見えぬお方、帝位は継げぬ……」
「それでは、誰が?」
囁き声が波のように溢れていった。
「次帝はここにおられます!」
だがその時、桃宮を抱えて鏑屋が階を上がってきた。桃宮は何が起こっているのかも分からないような顔をしているが。
「だが、その者は偽の東宮ではないか?」
「いや……公鍵が……」
「前神官長の持っていた系譜図の鍵が開いた?」
「本物は、あちらの系譜……」
また、色秤殿の中がざわつく。
「系譜は、前神官長の持っておられたものが、本物です!」
色秤殿の白洲から声がした。
下級役人の水干を着た人物が声を張り上げている。
「私は……本物の系譜に外見がそっくりな巻物を作れと言われて! そのあと本物は」
「私は本物の系譜を焼き捨てよと言われて。そのことが恐れ多くて、前神官長に本物をお預けしていたのです」
他の下級役人も続けて述べた。
「公鍵の偽物を作らせられたのは私です。樫宮様の配下に口封じに殺されそうになったのですが、蔦宮様のお力で地方に隠れていました」
そして、吉野を抱えた戌翔が最後に証言した。
「その方は、本物の桃宮様です。母は樫宮様に脅されていました。その証拠となる樫宮様からの手紙もあります!」
色秤殿の男たちはまた顔を見合わせた。
「下級役人ふぜいの証言を信じるか?」
「だが、それなりに事実かもしれん」
「偽りを述べている風ではないが」
「しかし……」
だが、その中の一つの言葉が、周囲の意見を変えた。
「樫宮様は我々を偽っていたのだ!」
誰が発したか分からない言葉が。
「そうだ!」
その言葉に呼び覚まされたように賛同の声が広がる。
「樫宮様を恐れる理由はもはやない!」
「樫宮様の全てが偽りなら、事実は反転する!」
「では、あのかたは本当の東宮様!」
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