29.都合のいい女と真の帝の死

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29.都合のいい女と真の帝の死

「東宮様!」 「おお、東宮様!!」  何が、起こっているのかしら? (わたくし)は呆然と、目前(もくぜん)で歓声をあげる貴族たちを見た。  さっきまで、私を偽の東宮だって皆口を揃えて糾弾していたのではないの? それなのに……この変わりようは何?  私は本物の東宮だって、ずっと言ってたわ。それなのに信じなかったのはお前たちではない? 「桃宮様。罪人扱いなどされて、恐ろしかったでしょう。ですが今からは、あなたの正当なものを取り戻せますよ」  蔦宮と名乗った兄宮様が……いえ、その宮の言を信じるなら姉宮様? その方が私に近づき、そっと私の肩に手が添えられる。けれど、和樹丸に拘束された樫宮お姉様が、自由になろうともがきながら叫んだ。 「それは、罪人だ! まごうことなく帝位に最も相応しくない宮! 桃宮が帝位につけば、間違いなくこの蘆野國は滅びるであろう!」 「気が触れたか! 兄上!!」  蔦宮様がキッと双子の片割れを睨んだ。 「蔦宮鳩摂(つたみやきゅうせつ)! この騒ぎの責任を取れ! 其方の真の名『桃桃』を返してやる! 其方が帝になれ! 其方が私に代わり帝位に就くならいくらだとて引いてやる! 桃宮に帝位に就くだけの器がないのは、この裁判の過程で明白になっているであろう!  正統性などと言って、過去の栄光に縋るだけの、新たな価値を生み出すことのない帝に何ができる!!」  樫宮お姉様はご自身の言葉を信じ切っているようだった。そして、私はその言葉に反論できない。私は、私自身を守ることもできなかった。  私には、人に自分の言葉を信じさせれるだけの力がないことは明白だったのだ。 「今必要な帝は、強力な力を持ち、蘆野國を自身の手で治められる者だ! その桃宮にそれができるか!?」  正統だというだけでは、人はついてこない。そして私には、正統の名を失ってしまえば、人が付き従うだけの魅力がない。最も信頼していた吉野ですら私を裏切ったのだ。  私に力がなかったから。  私は、ただ周りの言うなりに、操られるままに、何も知ろうとせず、何も考えずただ微笑んでいただけの、そんな哀れな存在だった。 「その宮が帝位に就けば、最後には帝の存在を殺すことになるぞ!!」  そう言うと同時に和樹丸を振り切って、樫宮お姉様が拘束を抜け出した。そして鬼気迫る表情で私に向かって手を伸ばして来る。刀も何も持っていないのに、その手にかかれば私の命など、あっさりと消えてしまう、そんな恐ろしさがあった。 「東雲! 宮の名を持って抜刀を許す! その偽帝を討て! 帝を偽った者には死あるのみ!」  私を後ろに庇った蔦宮お兄様が叫ぶ。和樹丸が樫宮お姉様を再度捕まえると、そのまま勢いよく投げ飛ばした。そして刀を抜く。 「承知! 蔦宮様!」  高殿の廊下に投げ飛ばされた樫宮が、乱れた黒髪の向こうから自分の命運を決める二人の女を見上げた。  刀を抜いた和樹丸が樫宮に迫る。樫宮はゆらりと立ち上がり。 「よかろう! 其方たちがどんな国を作るか、地獄の底から見届けてやろうではないか!」  苦笑なのか、怒りなのか、それとも諦めなのか、迫る白刃を見つめて叫ぶ。  その言葉が終わると同時に、和樹丸の刀が樫宮を袈裟懸けにした。心臓を切り裂かれた樫宮が廊下の欄干を超えて落ちていき、庭の白い砂が帝の血に染まっていく。 「偽帝は討たれた。ここに東宮・桃宮姫姫殿下の正式な即位を宣言する」  蔦宮が高殿の下を確認し、色秤殿の中に告げる。血を見た貴族たちの青ざめた顔。その顔を横目に和樹丸が刀の血を拭う。  帝ですら討てる。それだけの力を持ち、その白刃の下からは誰も逃れられないのだと、その場にいる全ての者に納得させるために和樹丸は刀を振るったのだ。  そしてその事をその場にいたすべてのものに思い知らせる、その為の偽帝の死だった。  ……死者は弔わなければいけないな。  刀を収めた和樹丸は、ひっそりそう思った。  桃盗宮。貴方思い描いた安寧は私が作る。貴方の理想とは違うだろうが、私はこの国を皆が平和に暮らせる、そんな国にする。  貴方が地獄の底で、心安らかにいられるように。  貴方こそが、この国最後の真の帝だったのだから、その貴方を討った責任は必ず果たしてみせようではないか。
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