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31.明日命
そうして一週間後。私の即位式は執り行われる。
ただそれは帝には相応しくなく慌ただしく執り行われることとなった。偽帝が討たれたことを隠そうとするように。あるいは、帝の血筋がただの中池程度の名主に討たれたことを誤魔化そうとするように?
私は偽帝である樫宮お姉様を討ち、帝位に就くことを心待ちにしていたはずだった。けれど。
今日の即位の日が来ても、私はちっとも嬉しくなくて、むしろ暗闇に落ちていくような気がしていた。
座敷から見える空は晴れ渡っているのに、その完璧な青さは未来に蓋をしているよう。
「新帝様、勝手ながらこの和樹丸が、新帝様の冠号を決めてきました。
『明日命・めいひのみこと』。明るい日をもたらす帝となられるように、と。いかがですか?」
そろそろ即位式が始まる。
私を迎えに来た和樹丸が、冠号を決める儀式や手続き全てを無視してそう言った。
本来なら冠号は大臣たちや、その道の専門家が考えるもののはず。そのための部署も宮の中にはあった。でも、和樹丸は無理を通したのだろう。
宮の中もすでに、和樹丸の思い通りになるということが、それだけでも分かる。
後ろで暗躍した素振りも見せず和樹丸は明るく笑っていた。でも、その笑顔は私の喉元に刃を突きつけるものだった。その刃が真に迫った。
私は和樹丸に嫌を言えないのだと、更に強く思い知らされる。
私はずっと、和樹丸の言いなりになって生きるしかない。
「新帝に相応しいお名前ですね」
新しい侍女頭が言って、他の侍女達も頷く。ここにいる侍女たちは和樹丸が用意した者たち。
皆、私に仕えると宣誓してはくれたけど、彼女らはその冠号の本当の意味を考えることはないでしょう。
「気に入ったわ。ありがとう、和樹丸」
私にも他の言葉が口にできるはずがなかった。
樫宮お姉様……いいえ、お兄様の最後の姿をふと思い出された。和樹丸に刀を向けられて、それが信じられないといったその顔が。
和樹丸は、お兄様を裏切ったのだ。お兄様では和樹丸の望む権力は得られないから。
私も、和樹丸の邪魔になれば。
「新帝様?」
侍女頭に呼びかけられてハッとした。
「いえ、なんでもないわ」
「そろそろ、お出ましの時間です」
和樹丸が言って立ち上がる。和樹丸に連れられて、私は登極するのだ。これからもずっと和樹丸は私を傀儡のように扱うのだろう。それは、私にはどうしようもない。
樫宮お兄様なら違ったかしら? お兄様なら和樹丸を抑え、帝の力を発揮できたかしら?
私は帝の器ではなかったのだと、今ならはっきりと理解できた。それでも、私は帝でなければならない。和樹丸のために。今から、逆転は可能かしら? 私に帝の力を取り戻すこととが?
いえ。無理ね。誰も、私の味方はいないのだから。
それでも、頑張ってみる価値はあるの? 自分に問いかけた。蔦宮お姉様は……私は何も考えるなと言ったけれど、何も考えないふりをして、死を覚悟して必死に頑張れば?
初めて、確固たるものが欲しいと思った。それがどんなものかもはっきりとは分からない。でも、私は和樹丸に対抗するだけの確たる力が欲しかった。でも。
「新帝様。どうぞお手を」
御簾から出た私に和樹丸が微笑みかけた。蘆野國の全てが思うまま、何もかも思い通りになる。そう確信した笑みが私に向いている。
そうして、私の中に何かを見つけて、若侍の笑みが一段と濃くなった。
その表情が私に告げる意味がはっきりと分かった。私の思いなど、和樹丸にはお見通しなのだ。そう。
……私も和樹丸に逆らえば、明日の命ということね。
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