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1.懐かしの港町
地方の小さな港町で、そのバーを見つけた。
蔦が絡まる古い煉瓦造りのビルの一階、『La Sirène』という看板が出ていたが、かつては違う名前で営業していたはずだ。
この街は、私の青春時代のすべてだった。
小さな食品加工会社に就職してこの街に来て、素晴らしい親友に出会った。
私はベースを弾いていたが、ピアノを弾く親友、ドラムを叩く会社の先輩でジャズトリオを組んだ。
地道な活動が実を結び、本格派のジャズを聴かせると評判になった。
最愛の妻に出会ったのもこの街だ。
失恋した彼女に寄り添い続けた私の想いが通じ、街外れの教会で二人だけの式を挙げ、新天地に旅立った。
新しい場所に落ち着くと、食品加工会社を起業した。
妻の支えもありそこそこ成功し、四十年近い結婚生活は子供にこそ恵まれなかったがとても幸せだった。
その妻も昨年亡くなった。寿命が尽き妻のそばに召される日を楽しみに待ちながら、私は一人贅沢な余生を過ごしている。
ふと青春時代を過ごし、妻と出会ったこの街へ旅したいと思い至った。
もう古希も過ぎ、旅ができる時間は限られている。思い立ったが吉日とばかり、私は列車を乗り継いでこの街を訪れた。
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