街のパン屋にはあやかしが集う

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思い起こせば二週間前に道路で轢かれてしまった白犬が居た。私はその白犬の横を通過したが、何もしてあげられない状況だった。 「鬼ガ 人間ヲ囲ウナンテ 随分ト落チブレタモンダナ」 巨大な白犬が私達に飛び掛かろうとした時、彼の右手から光の様な物が発されているのが目に入った。 「お前は憎しみ故、犬神と化して関係のない者を巻き込んだ。故に成仏などする必要も無い」 光が巨大な白犬に触れ、パンッと弾ける様な音と共に消滅した。 目の前で起こった現象が理解出来ずにいたが、私は腰を抜かしてしまい、ストンと公園の地面の上にしゃがみ込んでしまった。 白い巨大な犬はさっきのだとしても、鬼とは……? 「大丈夫ですか?」 彼は私の手を取り、ヒョイッと軽々しく抱き抱えてベンチに座らされた。 「驚かれたでしょう?貴方は化け犬に取り憑かれていたんですよ。最近の不幸や体調不良は全部、化け犬のせいです」 彼はスーツのボタンを外し、ベンチに腰掛けながら背伸びをしている。 「えぇ、とても驚きました。初めは目に見えなかったのですが、段々と見える様になって目の前には巨大な犬が居て……」 「化け犬が最大限の力を放った事により、貴方にも見えたのでしょう。今のご気分は如何です?」 彼は急に私の顔を覗き込んだので、驚いて顔を背けた。心臓に悪く、脈を打つスピードが上がる。 「気分は良くなりました。肩も軽くなりましたし…」 「それは良かった!犬の死体を見た時に可哀想だとか同情の念が奴の心に伝わって、取り憑いたのだと思います。動物は悪霊となって取り憑く場合がある故、今後はお気を付けて」 彼は丁寧に説明をしてくれた。私が思うに彼の正体は……。 「はい、気を付けます。……貴方は霊媒師さんなのですか?」 「違いますよ。私には除霊は出来ません」 霊媒師だと特定したのだが私の読みは外れた様で、あっさりと否定された。霊媒師では無いのだとしたら、他に何かあるのだろうか? 「え……?」 「除霊は出来ませんが消滅なら出来ます。消滅した魂は二度とこの世には存在出来ませんが……」 消滅なら出来る?とは何なのだろう。益々、謎が深くなる。この人は一体、何者なんだろうか? 「……貴方は何……者?」 声を絞り出して問いかける。公園の電灯と月明かりに照らされ、妖艶に口角を上げて微笑む彼の額には三角の突起が出ていた。 「私は鬼の末裔です。名は鬼神 皇大郎(おにがみ こうたろう)と名乗っています」 「お、に……なのですか?」 「はい、鬼です。鬼にもランクがありますが、鬼の一族をまとめている鬼神という存在です」 彼の話を詳しく聞いてみると彼は鬼の末裔であり、世間一般では国王や天皇の様な鬼の中でも高貴な存在みたいだ。現代の世の中において、鬼が存在しているだなんて信じ難いが、先程の現象と額の三角の突起を見れば信じてしまう。 「……普段は角?は隠されてるんですか?」 「そうですね。僅かな力で角は隠せますから」 「いつもスーツ姿ですが何かお仕事されているんですか?」 「してますよ。IT企業に務めて居ますが派遣社員です」 「そうですか……」 昔から存在すると言われている鬼が、現代の世の中では派遣社員としてIT企業で働いているとは時代の流れには鬼も勝てないと言う訳か。 鬼のイメージと言えば、鬼ヶ島の悪い鬼や一寸法師に出てくる鬼とかしか思い浮かばない。あやかしの中でも頂点と崇められている天下の鬼がまさかのIT企業で働いているなんて、私の他に誰が知っていると言うのか?イメージが違いすぎて私に笑いをもたらした。
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