街のパン屋にはあやかしが集う

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私はちょうど桜が咲き始めた頃に産まれて、自宅の庭には記念樹として桜の苗が植えられた。随分と大きくなった桜の木は隣の家まで枝が侵入してしまっているのだが、隣のおじさんとおばさんも気に入ってくれているので春には庭で一緒に花見をするのが毎年恒例である。 「春になったら自宅の庭、……パン屋の裏側に桜の木が植えてあるので見に来て下さいね」 記念樹の話を彼にすると関心を持った様で、是非見たいと言っていた。 「くしゅんっ」 夜も深まり、気温も下がって冷え込んで来た。私はクシャミが出て来て、身体の冷えが気になる。まだ話をしてみたいけれど時間も遅くなって来たし、寒い。 「申し訳ない。寒い思いをさせてしまいましたね、夜も遅くなってしまって父上にどうお詫びすれば良いのか……」 「大丈夫ですよ、心配しないで。……また改めてお話出来ますか?今度は前持って時間を決めて暖かい場所でお会いしましょうね」 彼は私にスーツのジャケットを掛けてくれた。彼は鬼と雪女の混血だからか、あやかしだからかは分からないが、暑さ寒さは余り感じないらしい。 いつの間にか22時を過ぎてしまっていて、彼に送られて自宅に帰った時には父は既に寝ていた。母と妹が起きて待っていた。大丈夫ですから…とお断りをしたのに玄関先まで着いてきた彼は自分のせいで遅くなってしまったと深々と母と妹に頭を下げた。 付き合ってもいないし、ましてや店の常連客から進展していないのに「また改めてご挨拶に伺います」と勝手な挨拶をした彼。母と妹はイケメンさと凛とした振る舞いが気に入り、「次はいつ来るの?」と私を蔑ろにして即座に約束を取り付けていた。母と妹のミーハー振りには参った。……とはいえ、私も彼の綺麗な顔立ちとスタイルの良さには惹かれているので同じ部類かもしれない。 彼が帰った後に母と妹に根掘り葉掘り聞かれたが、彼が鬼の末裔だと言う事や結婚の申し込みをされた事などは言えるはずも無く…、当たり障りのない話だけをした。 私の右肩に取り憑いていた何者かを退治して貰ったと伝えて、災難続きだった事を知っていた二人は心底良かったと言っていた。やはり、二人も霊媒師だと勘違いしている。 次の日、父が起きてからも同じ話をしたのだが、父は面白くなかった様だった。私が遅い時間に男性と出かけたのが気に食わないらしい。 いつもの常連客だと言っても、「それとコレは別だ」と言って聞く耳を持たない。 あーぁ、お父さんって本当に頑固だし、娘に対して過保護なんだよね。私はもう22歳なんだから、彼氏が居たっておかしくないのにな。 私は過去に一度、高校生の時に彼氏が居たっきりで、それから現在迄、おひとり様状態。 彼、皇大郎さんは嫌いじゃないけれど…私には釣り合わない位に美青年だし、それに鬼の末裔だし。折角訪れた恋のチャンスなんだけれども、前途多難な様な気もする。 出来上がったパンを並べながら、彼の事を思い出してしまう。並べているパンが彼の大好きなクリームメロンパンだから余計に思い出しては感慨にふける。 彼と外で会う約束をしたけれど、何時なのかは決めてなかった。携帯番号も何も知らない。話をするには彼が店に足を運んでくれるしかないのだ。 小さな溜め息をついた時、店の扉が開いてカラランッとカウベルの音が鳴った。
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