街のパン屋にはあやかしが集う

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近場の肉屋さんですき焼き用のお肉を買い、スーパーマーケットで野菜などを買った。馴染みのお店ばかりで、男連れな為に行く度に冷やかされた。 彼に上手く乗せられて、手を繋ぎながらの帰り道。荷物が重くなるからと言って、帰り途中に寄る事にした酒屋さんに着くまでの約束。彼の手は大きくて骨張っている。 「桜花さん、父上はどんな酒が好みですが?」 「ビールをいつも飲んでいます。おめでたい席では日本酒も飲んだりするかな?」 「昔は酒と言えば日本酒でしたが、現代の日本では沢山の美味しいお酒が売られてますね。私はシャンパンがお気に入りです」 「へぇー、そうなんですね。私もシャンパンは好きですよ」 何気ない会話をして過ごす時間が楽しかったりもする。 彼、皇大郎さんからアプローチを受けて常連客から特別な存在に変わるまでの時間なんて微々たるものだった。恋は突然やって来る、正にその通り。 二人きりの時間がもっと長く続けば良いのに。恋愛に欲が出たら切りがない。付き合ってもいないのだが、私は確実に彼の手の内に堕ち始めている。 「……桜花さん、本日、御両親に結婚の許しを得ても良いでしょうか?」 「えっと……」 彼は私と結婚したいのは確かな様で、ぐいぐいと押し迫って来る。私はきちんとお付き合いをして段階を踏んでからが良いのに。 「許しを得ないと契りを交わせないんです」 「契り……と言いますと?」 鬼には鬼の結婚の儀式でもあるのかな?もしかして……本当は生け贄の花嫁で食べられちゃったりします? 「……食べたりしないですよ。今の世の中、邪鬼は存在して悪さはしますが、人間を食べるなど空想上の話ですから」 彼に考えていた事を見破られたみたいで、クスクスと笑われた。 「契りとは、人間として共に生きるか、妖となり共に生きるかの選択です。鬼は人間よりも遥かに寿命が長く、伴侶が亡くなった後も新しい伴侶を見つける鬼もいます。 私は生涯で桜花さんだけを大切にしたい。桜花さんが人間のままで生きたいなら私が人間になります。桜花さんが私と共に長くこの世を生きたいなら、妖の力を分け与えます」 「よく意味が分からないのですが……」 「つまり、桜花さんが人間として人生を全うしたいか、妖の力を得てより長生きしたいかと言う事ですよ」 「はぁ、そうですか。やはり、鬼さんの寿命はどれだけ長いのですか?」 「人間が生涯80歳だとすると……その5倍は生きるでしょうか?」 「えぇー!400歳ぃー?」 驚いて繋いでいた手を離してしまった。もうすぐ酒屋さんだと気付いた彼は再び繋ごうとはしなかった。 よ、400歳の生涯だとしたら、皇大郎さんは一体お幾つなんでしょうか?今後、結婚したとして私が先に老いて亡くなるのは確かな事で…私が妖の力を手に入れれば共に長生き出来ると言う事か……。 しかし、様々な問題も多々ある。妖の力を得て寿命が伸びたとして、老いが緩やかになる訳だから人間の世界では生活しにくいのではないか? 「大丈夫ですか?パニックになってません?」 「だ、大丈夫ですけど……。私はまだ結婚するとも言ってませんし、そもそもお付き合いもしてな、って皇大郎さん、聞いてますー?」 彼は聞く耳を持たずに先に酒屋さんに入って、店主と話をしていた。お父さんがいつも買っている銘柄を聞き、先に購入していた。 「お店の方がお祝いだって、日本酒をおまけしてくれましたよ」 「な、何のお祝いですか?ま、まさか、結婚するとか言ってませんよね?」 「言って欲しかったですか?それは残念です。本格的にパン屋に弟子入りするからと言いました」 彼はニヤリ、と口角を上げて微笑み、流し目で私を見たので咄嗟に顔を背けた。彼の持ち合わせている妖艶なオーラに私は負けそうだった。
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