鐘楼の鐘※

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 蓮が指差したのはテーブルの上のオニギリや天ぷらだった。旺仁郎はもちろんと頷き蓮に席を勧めた。  ちなみに旺仁郎の表情筋は大袈裟に形容するとだいぶ昔に死んでおり、ただでさえ口を開かず無口な上に無表情な彼は、愛想がなく可愛げがないという印象を持たれがちだった。  しかし、そんな旺仁郎などよりテーブルの上の昼餉ばかりが気になるのか、席についた蓮の表情は花のように見開き、早々にオニギリを手に取り一口かじり、後を追うように手づかみで沢庵を口に放り込んでいた。  旺仁郎は出遅れたと焦りながら、蓮の前に箸をならべ、まだ温かい味噌汁の椀を置いた。  慌ててボールで卵を研いで、きび砂糖とひとつまみの塩をを入れ、出汁を加えてフライパンに流し込むとくるくると巻いた。焼き上がったそれを切り分けて、皿に乗せて蓮の前に出す。 「いいね、最高」 と言いながら、旺仁郎が皿から手をどかすよりも早く、蓮が箸を伸ばした。 「んあっ! 蓮ちゃんいいもの食べてる!」  唐突にキッチンの入り口から声が飛んだ。  匂いに誘われてきたのか、また一人、男がそこに立っていた。片手にKFCと書かれた茶色い紙袋を持っている。  その彼に今日出会った中で一番人懐っこい印象をもつのは、おそらく体格の割に若干幼さの残る顔つきだからだろう。程よく日に焼けた肌は、まるで外で遊び倒した子供のようだ。しかし、体つきはむしろ平均値よりは大柄で、きちんと大人の青年である。テレビでよく見かけた流行りの髪型と流行りの服装を身に纏っていだ。  おそらく彼は「瀧川」家三男、大成(たいせい)だ。彼はいわゆる妾の子であるが、数年前に瀧川本家に正式に受け入れられたと聞いている。  彼が手元で鶴を折れば、その羽はぱたぱたと羽ばたいて中空を飛び回り、また例えば三角形に折りたたんだのなら、それを鋭い刃に変えることもできるのだそうだ。  旺仁郎は最後の彼に手紙を彼に渡すべく上着に手を伸ばしたのだが、大成はKFCの袋をテーブルの端に置き捨て滑り込むように椅子を引き席につくと、箸はまだか味噌汁はまだかといった表情を旺仁郎に向けている。  旺仁郎は仕方ないかと先に用意し、手紙は膳の片隅にそっと置くに留めておいた。  大成に(一応)手紙を渡したことで、祖母から言いつけられた当面の使命は果たされた。祖母は手紙に旺仁郎の異能について記していなかったが、知らせる必要はない。  旺仁郎は、宗鷹(むねたか)(れん)大成(たいせい)、この三人の若者が今日から共同生活を送るこの館に、世話役としてあてがわれたのだ。だから彼らからは飯炊き係とでも認識してもらえれば良い。  幸い、彼らに興味を持たれるような見た目でもないと自負していた旺仁郎は、このまま名前すらも認識されない飯炊きマシーンに徹するつもりで、それが1番居心地がいいはずと確信していた。  旺仁郎の思惑通り、大成に至っては手紙を読んですらもいないのに、旺仁郎をそのように認識したようだ。いっさいの遠慮を見せず、味噌汁のおかわりをと椀を差し出した。  町の中心、鐘楼から鐘の音が鳴り響いたのはその時だった。  いくら大きい鐘とはいえその音は不自然とも言えるほど、町の隅々まで響き渡る。蓮と大成が顔を上げ、窓の外では大きな鷹がすでに飛び立っていくのが見える。 「もぉー! お昼時に!」  大成が文句を垂れながら、梅のおにぎりを頬張った。そしてそれを飲み込む暇もなく、転がるように部屋を出ていく。  蓮は「ご馳走」と箸を揃えた後、また足音一つ立てないまま大成の後に続いて行った。  この街の鐘楼は街に妖の気配があることを告げるものだ。  御三家に限らず、それなりに由緒ある異能の家柄においては、長男が後継を作る役目をなし命大事にと育てられる。その代わりに次男や三男が、その異能を活かし時には命を投げ打って、妖の討伐・捕獲に努めるのである。  そしてまだ年若い彼らはこの町に集められ、異能たるやとその能力の扱いや振る舞い方、そして普通の人として生きるための勉学や処世術などを学ぶのだ。  また妖はことさら異能の血肉や気を好む傾向にあり、この町にはたびたびそれらが集まる。そしてその討伐・捕獲に当たるのも、彼らに課せられた課題だ。  末端の家柄である八尾家の旺仁郎にとって、それは遠い場所での出来事のようだ。  彼の使命は名門家の三人が、命尽きぬかぎり健やかに幸福に過ごせるように、飯を作り寝床を整えることであった。   ◇
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