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きょうのお月さまはとくべつ大きくて、見たこともないくらいぴかぴかしていた。あんまりきれいなので手を伸ばしてみたら、ふいに体がふわっと浮いて、気づけばぼくは、黄色く光る地面に降り立っていた。
とつぜんのことに驚いていると、ぼくのまわりに、白くてふわふわのうさぎたちが、ぴょん、ぴょん、と軽やかに跳んできて、
「ようこそ! ようこそ!」
とうれしそうにぼくを取り囲んで飛び跳ねた。
「ここはいったい、どこなの?」
「しらなかったの? ここはね、お月さまだよ! ぼくたちは月うさぎ。きみを案内しにきたんだ」
月うさぎたちは、ぼくの手を引いて、わらわらと飛び跳ねながら進み始めた。
「お月さまになんて、来られるわけがないよ。これはたぶん、夢だよね?」
「きみが夢だっていうなら夢だけど、ほんとうだっていったら、それはほんとうのことだよ」
月うさぎはふしぎなことをいう。ぼくはよくわからないまま、「それなら、ほんとうかも」といった。
月うさぎたちに連れてこられたのは、大きなお屋敷の前だった。
「きょうはここでね、お餅つきをして、お団子を食べるんだ」
「お餅つきをするのに、お団子を食べるの?」
「そうだよ。ぺったんぺったんとお餅をつくのが、十五夜のぼくたちのおしごとなんだ。
それで、おしごとをするぼくたちのために、お姫さまがお団子を作ってくれるんだよ」
「お姫さまはとってもやさしくて、すてきな人だよ!」
ふうん、とぼくはまた、よくわからないまま、いった。
庭に入ると、黄色い地面の上に、これもまた金色に光るたくさんのススキが飾られていて、その真ん中で、うさぎたちが代わりばんこに、ぺったん、ぺったん、とお餅をついていた。
「ぼくも、お餅つき、してみてもいいかな?」
お餅つきなんてやったことがなかったから、そうきいてみると、うさぎたちはうれしそうに、何度も頷いた。
「もちろん! お餅つきをしたら、お姫さまがお団子をくれるよ」
「お団子、とってもおいしいんだよ」
「お餅つきも、おもしろいよ!」
うさぎたちに背中を押されて、ぼくはきねを握った。
「ほうら、ついてごらんよ」
うさぎたちに教えられながら、ぼくは慣れないきねを動かして、ぺったん、ぺったんとお餅をついた。お餅はきねにくっついて、びよーんと、びっくりするほどよく伸びる。ピザのチーズみたい、と思っていると、お水を打つ係りのうさぎに、「もっとはやく!」とせかされた。
そうしてお餅をついていると、どこからともなく、しゃらんと音が聞こえた。
「まあ、お客さまがいらしていたのね。そろそろおつかれでしょう、お団子はいかがですか」
やわらかな声に振り向くと、そこにはきらびやかな衣装を身にまとった、天女のような女の子が、こちらをうかがうように首をかしげていた。
「お姫さまだ!」
「お姫さま、ぼくたちにもお団子をちょうだい!」
月うさぎたちが集まっていくのを見て、ぼくはようやく、その人がここのお姫さまであることに気づいた。
お姫さまは、「はいはい、順番ですよ」と月うさぎたちに一粒ずつ、お団子を渡した。うさぎたちは大喜びで、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、それぞれ抱えたお団子にかじりついた。
「あの、お姫さま、ぼくも一粒、もらえますか」
「もちろん」
お姫さまは、鈴のついた飾りをしゃらんと鳴らしながらこちらに近づいて、お団子のたっぷり乗った器を差し出した。
「いただきます」
ぼくはそういって、器から、まんまるでつやつやした真珠のようなお団子を、そうっと手に取って、おそるおそるかじりついた。すると、中からつぶつぶの甘いあんこが出てきて、口の中にやさしい味が広がる。
「わあ、おいしい!」
「気に入ってもらえて、よかったです。このお団子は、月の光をめいっぱいに浴びさせて、おいしくなるように、ないしょのおまじないもかけて作っているんですよ」
「へええ、そうなんですね」
あっという間に食べ終えてしまって、器のお団子を見つめていると、お姫さまはふふふ、と笑った。
「いくつでも食べてくださいな。お月見の夜の、とくべつなものですから」
「じゃあ、いただきます」
ぼくはちょっと恥ずかしく思いながら、お団子をまた手に取った。
お腹がいっぱいになったころ、ぼくたちは縁側に座って、月うさぎがぺったんぺったんとお餅つきしているのを二人ながめていた。
「どうしてぼくは、ここにきたんでしょう」
ぼくがずっとふしぎに思っていたことをたずねると、お姫さまは地球の浮かぶ空を見た。
「地球でいちばん、月がきれいだって思った人だけが、ここに来られるんですよ。そうやって、昔から十五夜の日は、お客さんを招くんです」
「そうなんですね。ぼく、きょうの月は、ほんとうにぴかぴかしていて、とくべつに感じました」
「だから、あなたが招かれたんですね」
お姫さまはしみじみとそういった。
ぼくたちは、十五夜が終わるまで、そうしてのんびりと時間を過ごした。地球の朝が近くなると、お姫さまと月うさぎたちは、なごりおしそうに、ぼくを送りだしてくれた。
「また会えるでしょうか」
と、ぼくが問うと、お姫さまは小さく頷いた。
「きっと、また、会いましょう。十五夜のお月さまで、お待ちしております」
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