第一話「それでも、愛してる」

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第一話「それでも、愛してる」

いつものアラーム音で目を覚ませば、身体をのろのろと動かす。iPhoneを解除して、デニムのポケットに入れていけば、ソファから身を起こし、ゴミ溜めの部屋を眺めた。足の踏み場がどこにもない。服もフローリングの上にまき散らして、どれもが脂じみて薄汚れている。転がるビール缶も、破り捨てた菓子パンの空き袋も、煙草の吸殻が山ほど突っ込まれた灰皿も、正気のタガが外れた自分と同じで。這い回るゴキブリを押しやるように、足を下ろして、歩いていく。真っ黒になったバナナの皮を蹴りながら、洗面所に向かえば、歯ブラシと歯磨き粉を手に取って鏡を見ながら歯を磨く。煙草の量が増えたせいか、ヤニがこびり付いて、いくら洗っても黄色いままの歯を見れば、やつれた自分の顔が見える。金髪の髪が淡色に光る。バイトしか行かないせいか、伸びっぱなしの髪は肩までつく。女みたいだ。他人のように映る自分の姿を見つめれば、蛇口を捻り、水を両手で掬う。 ガラガラとうがいして。ヤニが交じる黄色い痰とベっと吐けば、青いパーカーの袖で口を乱暴に拭う。歯ブラシを戻そうとすれば、白いコップに入ったまままの薫の黄色い歯ブラシが目に入る。 おれのように毛先がけば立って割れる事もなく、綺麗におろされたばかりの白が見える。 …そうだ、何を使うには几帳面で綺麗好きだった。じっとそれを見れば、指先が震える。今だって嘘だって信じてる。薫が死んだなんて。震える指でコップに入れれば、からんと軽く音が鳴る。 静まり返る部屋の中に綺麗に。ただ通る。おれの青と薫の黄色が隣り合うように並べば、今までの思い出が頭の中にわっと湧いてきそうで、急ぎ足で玄関に向かう。金が要る。何があろうと。薫と一緒に選んだこの部屋を手放す訳にはいかない。丸まって投げられた靴下を急いで拾い、そのまま履く。底がすり減ったブーツを履き、何週間も着たままの青いパーカーのポケットの中身を探る。かちゃり、と家の鍵の音が鳴れば引っ張り出すように出して、右手の指先にかける。鍵が開いたままのドアノブを握れば、外に出る。鍵を差し込んで錠を初めて掛ければ、影が赤く染まるのを見て、振り返る。煮えたぎる夕陽がそこにある。夕方の五時。薫が飛び降り自殺した時間。ニュースの映像が瞬く間に頭の中に一気に走り出せば、かき消すように踵を鳴らして走り出す。金を稼ぐ。金を稼ぐ。金を稼ぐ。そのためにバイトに行く。バイトが終われば、家に着いて眠れる。薫が居る部屋で眠れる。足元から迫る夕陽から逃げるように、バイト先を目指す。冷たく冷やす秋風が耳を叩く。ノックするように、コンコンと響く。袂別のその音を、聞かない振りをして、ただただ走った。
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