19人が本棚に入れています
本棚に追加
バイトを終えれば、雨が降り出していた。傘も持っていない。天気予報を見る事も今は無いから。
…濡れて帰るか。パーカーのフードを被れば、真夜中の道を行く。こんな時間でも街は明るい。道を歩きながら、市の中心の繁華街の通りに入れば、屋根のように被さるアーケードが雨を一瞬防いでくれる。建ち並ぶ居酒屋の前で、サラリーマンが唾を飛ばし合うように笑い合う。酒臭さが混じる息に、吐き気を覚える。なるべく息をしないように進めば、ピンク街に入ってく。無料案内所の看板は目が眩むほどに輝いて、眩しい。黒いスーツをびしっと決めて、数人の男達が客引きをしてる。
「お兄さん、いい子いるよ!」
無視しながら脇を通り過ぎれば、クソガキが!と忌々しく呟く。喉を鳴らして、男が唾を道に吐く。ビジョンの画面には、キャバクラの女が次々と映し出されていく。たゆんと揺れる胸の谷間を強調して。どうか、私を買ってよ。せめて今日ぐらい。笑顔の裏に隠しながら、華やかなドレスでポーズを取る。何もかもがグチャグチャだ。視線を道端に逸らせば、メイド服を着た若い女がテイッシュを配ってた。通行人は誰も受け取らない。ちかちかと点滅する街灯の下で、泣きそうな顔をして女が俯いていく。視線を思わず前に戻せば、ようやくピンク街を抜けて、ただ静まり返る道に入る。寂れた店が並ぶ。路地のような細道。さっきまでは整理されていた道も、禿げかけたタイルの道になり、ブーツで歩く度に響く。街灯の数も少なく、人気も一気に無くなる。まるで皆ももう死んだかのように、おれ一人だけが歩いている。
「ねえ、ここでするの?」
「いいじゃん、誰もこんな所来ないって!」
おれ以外にも人が居たのか。カップルの影が見える。街灯の下でもつれ合いながら、深くキスをする。求めあうほどに呼吸は深くなって、ピンクの舌がもつれ合うように唾液の糸を引いて互いの味を確かめ合う。
誰かに踏み潰された缶ビールが目の前に転がるのを見れば、わざと強く蹴り上げてやった。カランカランと勢いよく転がって、我に返ったようにカップルが離れて、手を繋いだままどこかへと逃げ出すように走り出す。
…包丁があれば刺してやったのに。ぼんやり思っても、パーカーのポケットには家の鍵しか入ってない。
「…薫が待ってる。」
そう思い出せば、擦り減ったブーツを蹴り上げるように、だんだんと早足になって駆け足になって家へ急いでいた。
最初のコメントを投稿しよう!