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4日目 回避
飛行機は数分前に予定していた高度に達していた。
自動操縦のスイッチに切り替え、副操縦士の南野は席に深く座り直す。やるべき事は多いが、当面は計器のチェックだけでいいだろう。
機長の瀬田は管制塔からの指示を聞きながら計器に目を配っている。
「今日の雲は大人しいですね」
管制塔とのやり取りが途絶えたタイミングで、南野は瀬田に話しかけた。熟練のパイロットとして機長を任されている瀬田は、珍しくにやりと笑った。
「お前、空にいる時間はどれ位になった?」
「えーと、大体550時間だったと思いますけど」
「じゃあまだまだだな」
「当然でしょう。瀬田さんには敵いませんよ」
何を分かりきったことをと言いたげな南野に、瀬田は苦笑いした。
「いやいや、そういう意味じゃないんだ。例えば今日みたいなのっぺりした雲が広がる日は……」
話し途中の瀬田が突然言葉を切る。同時に南野も、目の前に広がる雲の合間に何かが見えた気がして身を乗り出した。
「今のは……?」
計器類に目を通すが、何も変化は無い。目の前に明るい雲と空が広がっている。
その時、瀬田が前を指差した。
「あそこだ!」
雲の合間から、巨大な木が突き出ている。知らぬ間に山へ接近していたのかと焦る南野は、木々と浮かぶ大地を見て唖然とした。
島が浮いていた。まるで絵に描いた無人島のように、数本の木を乗せた小さな島がなんの支えもなく空に浮かんでいる。
何の見間違いかと目を瞬かせていた南野ははっと我に返った。
このまま飛行機が直進すれば、あの島にぶつかってしまう。
「機長!回避を──」
「いや、このまま進む」
「何言ってるんですか!?あれが見えるでしょう⁉どう見てもあれは……」
「大丈夫だ」
一体何が大丈夫なのかと問い詰める間もなく、機体はあっという間に浮かぶ島へ近づく。もう回避する距離も無い。
間近でみた木は大木だった。ぶつかる‼と衝撃に備えて身を固くした南野は、すっと視界から木々が消えた事に気がついた。
目の前には変わらぬ雲海が穏やかに広がっている。
衝撃音も振動も、何も無い。
あんなにリアルだったのに幻だったのだろうか。計器類にも変化が無く、南野は拍子抜けした気分で瀬田を見た。
「……二人同時に幻覚を見るなんてこと、あるんですか」
「わからん。一つ言えるのは、空の上では見極めが重要になるってことだ。たまにああ言う奇妙なモノが飛んでるからな」
南野は苦々しい笑みを浮かべて冷や汗を拭った。自分は瀬田のような機長になれるのか、自問自答しながら。
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