硯田1等陸佐

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硯田1等陸佐

蟲人が現れてもう3ヶ月も経つ。 秋めいた空をぼんやりと眺める。 アパートの窓から外を見る。 最近は再生した身体が馴染むまでの時間が短くなっている気がする。 半日も休めば普通に動ける。 ポケットからスマホを取り出してカレンダーを確かめる。 「明後日かぁ」 「何が明後日なんだ? 」 ビックリして俺が振り返ると、アイツがすぐ後ろまで迫ってきていて、カプリと肩を噛んで、ジュルリと満足するまですすると肩から、ニチャっと音を立てて離れて、「ぷはぁぁぁ」っと息をついた。 「仕事終わりのビールかよっ」 思わず突っ込む。 「だってオレ、お前しか食えないし飲み物だってお前になるだろ」 と言ってわざと痛く耳を齧る。 イタィ 咄嗟に離れるとアイツが強く噛んで耳が少し裂ける。 「痛い、ヤメろ」 「なんで?」 真顔で聞いてくる。 「はぁ?なんでって意味わかんねぇ、痛いって言ってんだろ」 声に怒気が混じる。 「だから、なんで?」 アイツはずっと真顔だ。ふと、不敵な笑みを浮かべる。 アイツが俺の耳に顔を寄せ、 二股の舌で俺の耳を嬲り始めた。 「だってお前、オレに痛いことされるの好きだろ」 「ふっざけんな、好きじゃねぇ」 目を見開いて突っかかる。 「まぁ、気づいてないならまだイイよ」 耳元で囁く。 「はァ”⤴意味わかんねぇー」 「それより明後日って何があるんだ」 「ん?」 ムカついてワザと答えないでスマホを手に取って平潟さんに連絡する。 「えっ!ダメなんですか?お願いします、そこをなんとか、本当に無理?国の方針?!どうしても行かなくちゃ行けないんです!約束したんです。そこをどうにか。 えっ本当に無理なんですか。そうですか、はい、わかりました、いえ、こちらこそ無理を言ってすいませんでした。はい、でわ、はい、すいませんでした、失礼します。」 スマホを切った。ドサッとソファーに座る。 はぁっとため息が出る。 アイツはいつの間にか俺の隣に座っていて、肩に手を回してた。 「なぁ なんの話し」 「なんでもいいだろ」 子供みたいにそっぽ向く。 「ふぅぅん、そんな態度取っちゃうんだイイよ じゃあ耳を痛く食いちぎってやろうか?お前耳弱いもんなぁ。 少しづつ再生し始めた所を割くと、お前痛くて泣きながら可愛い声でヤメてって懇願するんだよ、知ってた?」 俺は下唇を噛む。もちろん覚えがある。思わず内腿に力を入れて擦り合わせた。 アイツは俺の反応を見てニヤリと笑った。 ソファーに浅く座ってテーブルに肘をついた。 組んだ手を額に置いてポツポツと話し出す。 「わかったよ、話せばいいんだろ あれは2年前だ、デパートで働く前、俺は自衛隊にいたんだ。 松谷駐屯基地は山に近くて、よく山で演習をしたよ。 硯田3等陸佐は俺の上司だった。 その日、通報が入って警察が出動した。 県から救助要請が自衛隊にも入って、松谷駐屯地基地にも出動命令が出たんだ。 3歳位の子供が50代の男性に無理やり山に連れて行かれてる。 それを登山者が発見し通報したんだ。 捜索は難航したよ。ヘリコプターも使って、200人体制で山を捜索した。 通報があったのが午前10時、自衛隊が山に着いたのが11時、暗くなるまでの6時間、ぶっとうしで捜索したけどせいかはなかった。 あたりが暗くなり始めて山を降りることになった時に、後方で子供の鳴き声が聞こえたんだ。 一気に緊張が高まって、薄暗くなり始めた森の中をライトで照らして辺りを見渡した。 ライトに照らされて、小さな子供が泣きながら坂を下って走ってきたんだ。 その後ろから巨体の男が全裸で追いかけて来ていた。 俺は、咄嗟に走って子供を保護したんだ。 他の隊員も同時に走っていて、男を取り押さえていた。 硯田3等陸佐は、子供を保護したことを無線で伝えてたな。 秋も深まって日もだいぶ落ちて寒いのにも関わらず、子供は薄着で靴を履いてなかったんだよ。 足なんて血が出てるし傷だらけでさ。 可哀想で近くにいた隊員に子供を預けて毛布を出そうと背嚢を置いた時だった。 取り押さえたはずの全裸の男が逃げだして「かえせー」って叫びながら 俺に迫ってきてたんだ。 男はどこから持ち出したか分からないがナイフを振りかざしながら走ってくる。 俺は毛布で子供を包んだ。 刺されると思った時俺は誰かに押されたんだ。 俺の代わりに硯田3等陸佐が取り押さえていたんだ。 ほっとした時その巨体で振り払って硯田3等陸佐を刺した。 先に取り押さえに行った隊員も刺されて死んでたんだ。 巨体の男は外国の特殊部隊出身だった。 精神を病んで退役したらしい。 硯田3等陸佐は刺された場所が悪くて亡くなってしまったんだ。 硯田3等陸佐、享年53、最終階級は2階級上がって硯田1等陸佐だ。 俺は毎年この時期にはると、硯田さんの家に行って、線香をあげて、あの山に登って献花してくるだよ、まぁ、今年は出来そうにないな」 大きくため息をついた。硯田さんが亡くならなくても良かったんだ。 本当は俺だった。 アイツが俺の後ろに回って、後ろから俺を抱きすくめた。 俺の頭の上にアイツの顎が乗る。 「死んだやつを思う気持ちはよく分かる。 お前がここでやれることをやればいいんじゃねぇか」 「そうだな、明日、花と線香買ってくるよ」 「そうか」 アイツは耳を食み出して、囁いた。 「優しくしてやろうか?」 俺は身じろいだ。 アイツがフっと笑みを浮かべた気がした。 アイツは俺の頭をしっかり抑えて耳を後ろから噛んでひきちぎる。 あ”あ”ぁ”
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