プロジェクタームーン

　この気持ちは、墓場まで持っていくと決めていた。

　俺の名前の由来は、かなりふざけたものだった。
　俺が生まれた日、父は病院近くのラーメン屋台で醤油ラーメンとビールを堪能していた。
　丁度その隣に居合わせた背広の男も、赤ら顔で醤油ラーメンとビールを味わっていたそうだ。

　父は酔っ払いながら隣の席の背広の男に「もうすぐ息子が産まれるんですよ」と言うと、
男も「奇遇だな、俺んとこももうすぐ息子が産まれるんだ」と返したそうだ。
　回らない呂律で男は「産まれた子に彼方(あちら)と名付けたい」と言うと、父は「それならうちの子には此方(こちら)と名付けよう」と言ってゲラゲラと笑い合った。

　3杯目のビールを乾杯した時、互いの携帯の着信音が鳴り響いた。
「病院からだ、産まれるってよ！」と父が言うと、男も「うちもだ！」と叫ぶように言った。
屋台から抜け出すと、二人は左右に分かれ別々のタクシーに慌てて飛び乗った。

　偶然の連鎖はそれだけに止まらなかった。
　病院で二人の父親は、再び顔を合わせることになったのだ。

　俺と彼方は、同じ日時に同じ病院で生まれた。

　これは何かの巡り合わせだと、屋台で話した通り二人の父親は息子に"彼方"と"此方"と名付けた。

　ただ、手違いで読み方を間違えられて、俺の片割れの名は彼方(かなた)となったのだ。