プロジェクタームーン

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 彼方は幼い頃から、明るくて誰にでも好かれる太陽みたいな奴だった。  派手な茶髪と腰履きした制服のズボン、近付くといつも安っぽい香水の匂いがした。  見るからに不良っぽい見掛けをしているが、誰にでも分け隔てなく接する親しみやすい人柄で、周囲とすぐ打ち解ける。 「彼方といるとさ、この人の為に何でもしてあげたいって気持ちになっちゃうんだよね」  藤崎さんはそう言うと、机に肘をついてため息を吐いた。 「なんとなくだけど、分かる気がする」  ずれた眼鏡を指先で押さえながら俺がそう言うと、彼女は上目遣いでこちらを見た。 「此方君ってさ……」  続く言葉を遮るように、背後から近付いてきた彼方が俺の両肩を掴んだ。 「なに話してんの?」  安っぽい香水の匂い。  海みたいな爽やかな香りのそれは、真っ青な瓶に入ってる。  中学生の頃、地元のショッピングモールに買いに行くときについて行ったから知っている。 「彼方にはナイショ」  藤崎さんは目を細めながらそう言うと、ネイルが施された人差し指を口元にかざす。 「……です」  ぼそっと俺がそう付け足すと、彼方は拗ねた子供みたいに俺の肩を揺らした。 「俺だけ仲間はずれなの、ずるい」  藤崎さんは落胆する彼方の様子を面白がって笑う。 「彼方くーん」  廊下へと続くドアから顔を覗かせた隣のクラスの女子達がこちらに手を振っているのが見えた。  彼方が振り向いて小さく手を振ると、女子達はきゃあきゃあと騒ぎ出す。 「調理実習でクッキー作ったの」  リボンでラッピングした小さな包みを掲げる彼女達に歩み寄っていく彼方を見て、窓際で屯してた男子生徒達がからかう。 「なんだよ、俺らの分はねぇのかよ」 「あるわけないじゃん」 「冷たっ!」 「おいおい、彼方一人だけでこんなに食えねぇだろ」 「平気平気。俺の前世、クッキーモンスターだから」 「何だそれ、マジうける」  大袈裟なクッキーモンスターのモノマネを披露する彼方を取り囲んで、皆が大笑いをしている。 「無自覚だからタチ悪いよね」  藤崎さんが机に肘をついて、頬杖をつきながらそう言った。 「そうかもね」  俺はもごもごと、口の中で飴玉みたいに言葉を転がした。
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