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その日の夜、世界中が混乱状態に陥った。
様々な憶測が飛び交ったが、政府の発表によると惑星が衝突して月が跡形もなく砕け散ってしまったそうだ。
地元の小学校の体育館に避難すると、小さな子供を連れた藤崎さんと思いがけず再会した。
「今年で三歳」
子供は藤崎さんの陰に隠れると、ちらちらと俺の顔を窺い見ていた。
「彼方とは今も連絡取ってるの?」
子供の頭を撫でながら伏せ目がちに藤崎さんはそう尋ねた。
「うん。月が消える直前にも電話で話してたよ」
「仲良いよね。同じ病院で産まれたんだっけ」
「そうだよ、だから名前も彼方と此方」
藤崎さんは少し困ったような複雑そうな表情でこちらを見上げた。
「どうかした?」
「……前にも聞こうと思って止めたんだけど、此方君ってさ」
ふと、あのときの教室での光景を思い出した。
あのとき、こう聞かれるかもしれないと思った。
"此方君って、彼方のことが好きなの?"と。
「不満に思わないの?」
思いがけない言葉が続いて、俺は瞬きを繰り返した。
「読み方があちらとこちら、じゃないからさ」
どことなく気まずそうにそんなことを言う藤崎さんの様子に堪え兼ねて、俺はとうとう肩を震わせて笑い出した。
「なに、なんで笑うの?」
「だってさ、"あちらとこちら"だと、キキとララみたいになっちゃうじゃん」
「……ぐりとぐら」
彼女の足にしがみついたまま、小さな子が声を発した。
「そうだね、ぐりとぐらにも似てるかも」
俺が笑いながらそう答えると、低い位置にある頭がこくりと頷いた。
ピカピカに磨かれた体育館の床に、水銀灯の眩い灯りが揺れていた。
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