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月が消えた影響で初めて日本に白夜が訪れた日、彼方から連絡が入った。
地元に帰ってきているから会わないかと言われた途端、胸が高鳴った。
毎晩のように連絡は取っていたけれど、顔を合わせるのは五年振りだった。
艶やかな黒髪は短く切り揃えられて、半袖から鍛えあげられた二の腕が覗いてた。
「かっけぇだろ」
「はいはい」
適当にあしらう素振りを見せると、いつかみたいに拗ねた顔をするから思わず笑ってしまう。
ファミレスの席に向かい合わせで座る。
フリーズドライの萎びた野菜をつついていると、いきなり彼方はこう言った。
「俺さ、プロジェクタームーンの乗組員になるんだ」
すぐには言葉の意味を呑み込めなかった。
地球から人工の月を打ち上げる『プロジェクタームーン計画』、ニュースで連日報じられている。
星明かりしかない夜が続き、事故や事件が多発した事と、街灯の節電を目的としてこのプロジェクトは立ち上げられた。
「此方に一番最初に伝えたくてさ」
何か言おうと思っても、頭の中が真っ白になってひとつも言葉が出てこなかった。
「宇宙に行くためのトレーニングで、最近また鍛え始めてんだ」
嬉しそうに話す彼方の声も、皿とフォークがぶつかる音も遠ざかる。
まだ伝えられてもいない。
お前のこと片時も忘れたことはなかったと。
「なんで黙ってんの」
眉を八の字にして、彼方は俺の顔を覗き込んだ。
水面から顔を出したみたいに、俺は途端にはっとした。
「驚いたから」
「まあ、そりゃ、驚かそうと思ってたからな」
にかっと笑う彼方は、暫く会っていなかったというのに以前と何も変わらない。
俺は、ぽつりと呟くように言った。
「月面にさ、旗立ててよ」
「旗?」
「映画とかでよくあるじゃん」
「そんなん無理だろ、無茶言うなよ」
茶化して肩をすくめる仕草をする彼方を見て、俺は眼鏡を指先で直すふりをして俯いた。
店を出ると、白夜で空は夕焼けと朝焼けが混ざり合ったような幻想的な色を宿していた。
隣を歩く彼方の輪郭が、淡く金色に縁取られている。
「真夜中なんだよな、すげぇよな」
彼方は遠くを眺めながら目を細めた。
「旗の件、考えとくよ」
「いや、冗談で言っただけだから。真に受けなくていいよ」
「お前の冗談、たまにちょっと分かりづらいよな」
歩きながら、ふざけてヘッドロックをかけられて「殺す気かよ」と文句を言う。
月に行ったらもう二度と会えないのかと、一番聞いておくべきだった質問を、臆病な俺は結局聞きそびれてしまった。
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