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エーリカ・アースキン 第一話
『昔々、あるところに、平民の中でも特に貧乏な少女がいました』
そんな書き出しから始まる物語。
貧乏な少女が、美しい容貌の侯爵子息に見初められ、やがて二人は恋に落ちる。立ちはだかる身分の差。二人の恋は周囲から反対され、引き離されそうになる。何度も何度も、苦難や障害が二人に降りかかる。それでも二人は、純愛を貫いた。やがて結婚し、いつまでも幸せに暮らす。
この本は、私の宝物だ。十歳の誕生日に、父が買ってくれたもの。本は高価なのに、父が奮発してくれたのだ。
もちろん、経済的に恵まれていなければ、どんなに奮発しても本なんて買えない。本一冊の値段は、平民の月収に相当する。我ながら、恵まれた家庭に生まれたと思う。
アースキン男爵令嬢、エーリカ・アースキン。それが私の身分と名前。
祖父の代で大きな事業を立ち上げ、成功した。功績が認められ、爵位が与えられた。いわば、成り上がりの新米貴族だ。事業は今も順調。たぶん、経済力だけなら国内でもトップクラスだろう。
それでも、言ってしまえば、新米にして下級の貴族。だから私は、自分の将来が分っていた。高位の貴族か王族の人間と結婚し、アースキン家をさらに大きくする。それが私の役目。
物語のような恋をすることなど、許されない。憧れは、ただの憧れ。現実とは違う。
先日、十六歳になった。そろそろ結婚の話が出てくるはずだ。相手が誰であれ、私に拒否権はない。たとえ相手が、親子ほど歳の離れた男でも。反対に、精通もしていない少年であったとしても。
自分の運命を否定するように、未だにこの物語を読み続けている。胸を焦がすような恋に心を躍らせ、ただ一人の男性を愛し続ける。そんな妄想を抱き続けている。
妄想は、夢にまで出てくるほどだ。昨日なんて、美しい容貌の侯爵子息に抱かれる夢を見た。まだ男も知らないくせに。
夢の中だけではなく、今もこうして妄想している。自室のベッドの上で。本を胸に抱きながら。
どうせ政略結婚をするのなら、できれば、物語のような綺麗な男性としたい。綺麗で、優しくて、賢い男性。ひと目見た瞬間に恋をしてしまうような男性。
妄想に妄想を重ねていた。そのせいで、部屋のドアがノックされたときは、跳び上がるほど驚いた。
ノックの主は、侍女だった。私の返答を聞いて部屋に入ってくると、事務的に要件を伝えてきた。
パーティの招待の知らせだった。王家主催のパーティ。もっと具体的に言うなら、第一王子が自身の顔見せのために開くパーティ。そこに、両親とともに参加するとのことだ。
私は、長く伸ばした前髪に触れた。目元が隠れるほど長く伸ばした前髪。
自分の役目は分かっている。アースキン家を繁栄させるため、政略結婚をする。
でも、少しくらいは抵抗したい。せめて、結婚相手の候補から自分好みの相手を選ぶくらいは。
そのために、私は前髪を伸ばしていた。
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