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アンリ第七王子 第一話
俺は特殊だ。あらゆる才能に恵まれている。一言で言えば、天才という人種だ。
自分の才能を自覚したのは、いつだったか。もう覚えていない。ただ、物心ついた頃には、年上の兄達よりもはるかに深い思考ができた。
優れていたのは、知能だけではなかった。人の性質を見抜くことに、圧倒的に精通していた。誰かに教わるでもなく。
だから分かっていた。兄達は、他の兄弟を容赦なく蹴落とせる。王位を継ぐために。命を奪うことすらできる。
俺は第七王子。しかも側室の子。生まれた順番と立場だけで言うなら、王位継承権順位は一番低い。
王位継承争いに参戦しようだなんて、まったく思わなかった。命を賭けてまで欲しいなんて、思えなかった。それよりも、安心できる環境の中で平穏に生きたい。のんびりと生きて、のんびりと生活して、いつか結婚して、子をもうけて。
緩やかに、苦労も苦悩もなく、平穏な人生を送りたい。四歳になる頃には、そんなふうに考えるようになった。
だから俺は、兄達を徹底的に観察した。俺の命を狙う可能性がある者達を。
観察し始めて、すぐに気付いた。イヴァンは危ない。他の王子達は、「優秀」という一言で片付く程度の能力の持ち主。だけど、第二王子であるイヴァンは違う。
知能、運動能力、判断力、決断力。どれもが、イヴァンは別格だった。それこそ、俺と並ぶ才覚の持ち主だった。
反面、俺とイヴァンでは決定的に異なるところがあった。
俺は臆病だ。それこそ、常に周囲を警戒してしまうほどに。もちろん、命を狙われる可能性があるこの環境に、恐怖を覚えている。
例えば、自分の命を狙う奴が目の前にいるとして。そんな状況で俺が考えるのは、自分を守ることだった。相手を始末するよりも、逃亡を選択する。
イヴァンは、俺とはまったく逆だった。自分に危険が及ぶ前に、その要因を始末する。卓越した頭脳と立ち振る舞いで周囲の人望を集めつつ、懐には毒針を隠している。危険因子は、危険が発生する前に始末する。言ってしまえば、サイコパスだ。
俺はいち早く、イヴァンの危険性に気付いた。いかにして自分の命を守り抜くか――いかにして命を狙われないようにするか。そんなことばかり考えた。生まれて数年しか経っていないのに、いきなり戦場に放り込まれた気分だった。
自分の身を守る手法は、すぐに思いついた。王位継承に絡まず、かつ、王位に推されることもない人物であればいい。
つまり、無能な人間であればいい。
継承の優先順位も能力も低ければ、目を付けられることはない。命を狙われることもない。
王家に生まれた者は、物心ついてすぐに英才教育を受ける。国の政治の中心は王が司るのだから、当然と言えば当然だ。学のない者が王となったら、国の崩壊に直結する。
さらに、王である以上は、常に命の危険が付きまとう。だから、学問だけではなく武術や剣術も幼い頃から仕込まれる。
俺は教育の全てにおいて、無能を演じ続けた。学んだことは完璧に頭に入っているが、適度に理解できていないフリをした。
武術や剣術の稽古では、わざと兄達に負けた。兄達の動きは全て見えていたし、その気になれば、事故を装って命を奪うこともできただろう。
それでも、無気力で無能という自分のスタンスを崩さなかった。
いつしか俺は、こんなふうに揶揄されるようになった。
『怠惰な第七王子』
その通り名を初めて耳にしたとき、思わずほくそ笑みそうになった。
これで、命を狙われずに済む。平穏に生きられる。
あとは、それなりの女性と結婚して、王家を出て平穏に暮らせばいい。父は――王は、俺が王家を出ることに反対しないだろう。王位継承に絡むことのない無能など、不要なはずだから。
でも、できれば。
美人と結婚できたら、それなりに楽しく生きられるかもな。
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