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エーリカ・アースキン 第二話
パーティは、王家王室大広間にて行なわれた。
夜のパーティ。会場は、多くのランプの淡い光に照らされている。
正装の男性達。ドレスで着飾った女性達。長いテーブルの上に、所狭しと並べられた料理。立食形式で、立ち話も可能だ。パーティが始まってすぐ、いい雰囲気になる男女もいた。
会場の壇上では、主催者が開会の挨拶をしていた。ノース王国第一王子の、マシュー・ノース。
この国――ノース王国には、現在七人の王子がいる。誰が正妻の子で誰が側室の子かなんて、私は覚えていない。覚えているのは、第二王子の評判がすこぶる良いこと。でも、王位継承の第一候補は、長男である第一王子であること。
きっと、第一王子がこのパーティを開いたのは、「次の王は自分だ」と周囲に意識させるためだろう。
まあ、そんなこと、私にとってはどうでもいいんだけど。
第一王子の演説を耳にしながら、私は、皿に盛った料理を頬張っていた。鶏肉のソテー。ソースが絶品だ。さすが王家のパーティーといったところか。
周囲には、異性に声を掛ける男女が複数いた。ランプの淡い光は、異性を色っぽく見せる。同時に、薄暗いが故に、相手の顔が綺麗に見える。もっとも、私に声をかける男なんて一人もいなかったけれど。
とはいえそれは、私の容姿が醜悪だからではない。
私は決して賢い女ではない。かといって、馬鹿でもない。世間一般的な美醜の価値くらいは、熟知しているつもりだ。
だから知っている。私の顔立ちは、この会場の誰よりも整っていると。少なくとも、会場で男と甘い言葉を交わしている女性達よりは、はるかに。
でも、どんなに整った顔をしていても、それが見えなければ意味がない。長く伸ばした私の前髪は、目元を完全に隠していた。男達には、私が、うっとおしい前髪の陰気な女に見えているだろう。
私は将来、政略結婚をすることになる。もしこの場で、公爵子息や侯爵子息などに見初められたら、すぐに結婚の話が出てくるだろう。それが、どんな男であっても。
だけど、ある程度でいいから、自分の意思で結婚相手を決めたい。そのために私は、自分の顔を隠していた。もしいい男がいたら、その人の前でだけ、この前髪を上げて見せるのだ。
少し離れた場所で、女性二人に囲まれている男がいた。この薄暗さでもはっきりと分かるほど、美しい顔立ちの男だった。
私も、彼のことは知っている。ウッドビル侯爵子息の、ジョシュア・ウッドビルだ。彼の父は、王家の財務に携わる仕事をしている。ジョシュア自身は、学校で哲学の講師をしていた。言ってしまえば、サラブレッド中のサラブレッドだ。年齢は、私の一つ年上――十七歳だったか。
女二人は、互いに火花を飛ばし合っていた。そのくせ、ジョシュアには媚びるように身を寄せている。
料理皿を持ったまま、私はジョシュアに近付いた。女性二人に囲まれた彼は、困った顔をしている。二人とも、彼の好みとは言い難いのだろう。なんとか二人を振り切ろうとしている。
テーブルを挟んで、ジョシュアの容姿がはっきりと見える距離まで来た。近くで見ても、彼は綺麗な顔立ちをしていた。まるで、物語に出てくる男性のようだ。私が大事にしている、宝物の物語。
この人ならいいかも。
たとえ政略結婚でも、この人が相手なら。あの若さで学校の講師ができるくらいだから、人柄も悪くないだろうし。
料理をチビチビと食べながら、私は、女二人がジョシュアにフラれるのを待った。あの輪に加わるつもりはない。あんな厚化粧の女達とは、同じ土俵には立たない。
あの女達を振り切り、疲れ切ったジョシュアに声を掛けよう。前髪を上げて、優しく微笑みかけて。精神的に疲弊しているときは、誰でも心に隙間ができる。そこにつけ込むんだ。
私の思惑を邪魔するうように、女二人はしつこかった。ジョシュアが露骨に嫌がっている。それでも彼にしなだれかかり、甘ったるい話し方で誘惑している。「二人きりで、こっそり抜け出しません?」なんて、彼のタキシードを摘まみながら言っている。いい加減、嫌がられてるって気付きなよ。
マシュー王子の演説はとっくに終わっていた。参加した人達は、様々な話をしている。すでに成功を収めた者同士が、互いの事業について語り合っている。子供が大きくなった婦人達が、我が子自慢をし合っている。若い男女が、いい雰囲気になっている。
周囲の人達が自由に語り合っている中で、ジョシュアと女二人だけが、不自由になっていた。決して諦めない女二人と、二人を振り切れない彼。このままだと持久戦になりそうだ。根負けした方が、相手の思惑通りになってしまう。
このまま待っていても意味がないかも知れない。私は、ジョシュアに助け船を出すことにした。まずは、テーブルの向こう側に回り込もう。料理皿を持ったまま、足を進めた。
「あの」
テーブルの反対側に回り込む前に、声を掛けられた。
思わず私は足を止め、声の方を振り向いた。
直後、目を見開いてしまった。
私は決して賢くない。でも、馬鹿でもない。少なくとも、王子の顔くらいは知っている。第一王子から第七王子まで。何度か、この手のパーティーで見たことがある。
特に印象に残っているのは、七人の王子の中でも一番評判がいい、第二王子。イヴァン・ノース。評判はいいが、私自身は、彼に禍々しい印象を抱いていた。
次に印象に残っているのは、今回のパーティーの主催者である第一王子。王位継承の第一候補なんだから、そりゃ印象に残る。
三番目に印象に残っているのは、第七王子だった。ただしそれは、決していい印象ではない。他の王子に比べて、無気力で無能だと有名だった。陰で「怠惰な第七王子」と揶揄されていた。
私に声をかけてきたのは、その第七王子だった。ノース王国第七王子の、アンリ・ノース。
気弱そうな垂れ目に、私とそんなに変わらない身長。名前も女性的だが、外見も女性的だった。
第七王子は、小柄な体をさらに小さくした。私の目の前で、片膝をついたのだ。そのまま、優しく私の左手を取った。まるで、プロポーズのときのように。
「突然すみません」
「あ……いえ……とんでもないです」
いきなりのことに、それくらいしか返答できない。
構わずアンリは言葉を続けた。
「貴女に一目惚れしました。どうか、私の妻となってくれませんか」
「……はい?」
思わず、声が裏返ってしまった。
王子の突拍子のない発言に、周囲は一瞬にして静まり返った。
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