エーリカ・アースキン 第三話

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エーリカ・アースキン 第三話

 サプライズプロポーズ、とでも言えばいいのだろうか。パーティの日に、私は突然プロポーズされた。  相手は、第七王子のアンリ。彼を知る人からは「怠惰な第七王子」と揶揄される、王位継承にはまったく絡んでこない王子だ。  私とアンリには、それまでまったく面識がなかった。私は彼を知っていたが、彼は私のことなど知らなかっただろう。  それなのに、突然プロポーズをされた。前髪で顔を隠し、傍目からはとても美人に見えない私が。一目惚れ、などと言われて。  はっきり言って、わけが分からなかった。どうしてこんなことになったのか。私は、密かにジョシュアのことを狙っていたのに。  アンリのプロポーズは、パーティ会場にいた両親の耳にも入った。なんなら、彼等もパーティ会場にいたから、目にも入った。  アンリは王位継承に関わることのない、王子としての立場も能力も低い人物だ。それでも、王族であることに変わりはない。私の家は――アースキン家は、爵位は低くても経済力は高い。この経済力に王族との繋がりが出来れば、鬼に金棒だろう。  父も母も、結婚に反対するはずがなかった。それどころか、諸手を振って賛成していた。  王族側も、私とアンリの結婚に反対しなかった。王位継承の可能性が限りなくゼロに近い、無能王子。そんなアンリだから、新米貴族令嬢の私が相手でも、結婚できれば御の字なのかも知れない。  結婚話は瞬く間に進んだ。パーティの翌日には両家の顔合わせをした。一ヶ月後には、結婚式が行なわれた。三ヶ月後には、新居が用意された。  時間が早送りされているかのように、目まぐるしく変わる状況。私は当事者なのに、ただ呆然として状況を見つめていた。  気が付くと、アンリとの生活が始まっていた。  アンリは、王家に私を招かなかった。上流貴族が集まる住宅地に家を建て、そこに移り住んだ。名目上は、二人きりの生活。とはいえ、王家に雇われた侍女や執事が七人も常駐しているけど。 「目まぐるしいうえに突然のことで、ごめん」  新居に移り住んでから、アンリが最初に口にした言葉。可愛らしいとさえ言える顔を近付け、彼は、私の額に触れた。 「でも、一目惚れっていうのは本心なんだ。だから、俺の前では、綺麗な君でいてほしいな」  顔を隠す私の前髪を、アンリは優しくかき上げた。  父や母の前以外では、久し振りに素顔を晒した。前髪で邪魔されていた視界が、パッと広がった。間近にいるアンリの顔が、はっきりと私の目に映った。女の子のような、愛らしい顔立ち。ジョシュアのような美男とは違うけれど、これはこれで悪くない。  それにしても、と思う。私とアンリには、面識などなかったはずだ。それなのにどうして、彼は私の素顔を知っていたのか。少なくとも私は、八歳のとき以降、実家の外で素顔を晒したことはない。  ひとつ疑問が浮かぶと、追随(ついずい)するようにさらに疑問が生まれた。  どうしてアンリは、王家を出たのか。確かに彼は「怠惰な第七王子」と揶揄されるような人物だ。王位争いとは無縁。はっきり言ってしまえば、王家にいる意味などない。それでも王族なのだから、王家に身を置く権利はある。わざわざ新居で生活するより、王家に私を招いて生活した方が楽だっただろう。  どうしてアンリは「怠惰な第七王子」などと呼ばれているのか。どうして、無能かつ無気力になったのか。この国の政治は王家が司る。そのために、王族に生まれた者は、幼い頃から数多くのことを学ぶ。政治、経済、歴史、文学、心理学、哲学、倫理学、数学、剣術、武術、戦術、戦争術。さらに、王族は子孫を残すことが必須なため、夜の床の勉強までするという。そんな環境で無気力かつ無能になるのは、ある意味で、有能になるよりも難しい気がする。  頭に浮かんだ疑問を、私はすぐに捨て去った。どうでもいいことだった。  私は、理想の結婚をすることができなかった。実家から持ってきた、宝物の物語。あんな恋をすることはできなかった。それどころか、結婚相手を選択することすらできなかった。突如告白され、あっという間に結婚が決まってしまった。  それでも。  アンリとの結婚は、たぶん、そんなに悪くない。  可愛らしい彼の顔を見ながら、そんなふうに思っていた。
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