後編 忌まわしき風習

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後編 忌まわしき風習

 シーナとナーシーが出会った年の末。雪が降った冬の日に、村に新たな命が生まれた。  産婆などいない小さな村。村の女達が取り上げ、妊婦の介抱をしていた。  シーナは、いずれ出産や取り上げの手伝いをするとのことで、その出産の立会いを許可されていた。  つまり大人と認められたのだ。  痛がるサラサお姉さんの姿に怯え、頭が出てきた赤ん坊に驚き、元気な産声に感動して泣いていた。  皆歓喜したが、状況は一変する。もう一人、生まれてきたのだ。 「え! もう一人! 同じ顔だー!」  シーナは無邪気に喜ぶが、その光景を見た途端そこにいた女全てが引きつった表情を見せた。 「シーナ ……。家に帰りなさい ……」  村長の妻はシーナにそう話す。 「え?」 「いいから帰りなさい!」  そう言われ、シーナは無理矢理家を追い出された。  外からでも聞こえてくる、サラサお姉さんの叫び声と消えていく産声。  六歳の少女にも分かる。穢れなき命が二つ消えた。忌まわしき風習によって ──。  それから、村の大人たちはサラサお姉さんに子供はいなかったらと言い始めた。  シーナは、お姉さんの膨らむ腹を見て触って、蹴ってくる感覚を知っていた。  それを大人たちは、なかったことにした。  シーナは悟る。  大人はみんな嘘吐きだ。  風習の為に、無抵抗の赤子達の命すら奪うんだ。  そんな村も大人も信じられず、顔すら見なくなった。  そして年を越し、春になる。  ナーシーとは冬の間は雪で会えなかった為、久しぶりの再会となった。  ナーシーはシーナの様子に何かあったと分かったようで、何があったのかを聞いた。  シーナは初めは我慢していたが、一人で抱えきれない現実をナーシーに話した。  字の読み書きができ、知識もあるナーシーは風習のせいだとすぐ分かった。  そして、それは同じ顔の自分たちも例外ではない。  互いに顔を見合わせ、黙り込む。  これからも密会していたら、村人に見られる可能性が出てくる。その時は殺される現実にも気付いた。  今後について二人は真剣に話し合った。  二人の出した結論は「会う」だった。  自分たちは最高の友達。そして、おそらく血を分けた ……。  それ以上は言えなかった。  シーナもナーシーも分かっていた。  それを認めてしまったら、どちらかの親は我が子を捨てており、どちらかは親と血の繋がりがないという現実に。    だから、互いにそれ以上は言わなかった。  しかし、本当は二人共分かっていた。  シーナは、自分の母親と顔が似ている事を。  ナーシーは、自分の母親と顔が似ていない事を。  だから、二人の母親は ……。 「シーナ ……。話を聞いて欲しいの。本当の事を話すから ……」  シーナの母親は娘に全てを話すと決意する。  それは七年前、二人が生まれて来た日の話だった。  あの日、母親は予定より早く産気付き、シーナの父親と共に立ち寄っていた町で急遽出産することになった。  元気な女の子が生まれ、安堵した時。産婆がもう一人いると叫んだ。  生まれたのは二人の赤子。顔も、泣き声も全く同じだった。  双子という概念がないこの国で、二人の赤ん坊が生まれてくることは一般的に知られておらず、両親はただ驚愕していた。  そんな二人に声をかけたのは産婆だった。  この赤ん坊達を村に連れて帰れば、風習により殺される。  だから一人を子供の居ない夫婦に託して、一人を夫婦の子供として育てるべきだと。  母親は嫌がったが、父親は状況を理解し後に生まれた子を産婆に託した。  こうして両親は一人の子供 ……、シーナを大事に育てた。  もう一人の子供に会う事は当然許されない。それは、子供達の身を危ぶめる事だった。 「ごめんね ……。でも、そうするしか ……、二人に生きてもらう為にはそうするしかなかったの ……」 「お母ちゃん!」  シーナは母親に抱きつく。  …… 本当は分かっていた。自分達の命を守る為の苦渋の決断だったと。でも、ナーシーを捨てたとも思ってしまう自分もいて、すごく苦しかった。 「こんな風習、間違ってるよ! 何も悪くない赤ちゃんを殺したり、ナーシー ……、妹と一緒に暮らせないなんて! そう、みんなに言おうよ!」 「 …… 聞いてシーナ。風習というのはね、そんな簡単に変えられないの」  まだ、七歳のシーナには意味が分からない話だった。 「優しい村の人でも、それを信じて凶行に走るの。だからね、下手したら私達は村八分になるかもしれない! そしたら生きていけないの!」  村八分。小さな村に住む二人にとって、それほど恐ろしいものはなかった。 「どうして二つはダメなの ……?」 「同じ物 ……、同じ顔が二つは駄目らしく、理由は産婆さんも分からないと言っていた。でも二人生まれた赤ん坊は風習により殺されると教えてくれた。…… サラサさんの赤ちゃんが生まれた時も、別々に育てたらどうかと提案したけど、駄目だった ……。災いが起きるって ……」 「同じ物が二つ ……。ナーシーと私 ……。サラサお姉さんの赤ちゃん二人 ……」  シーナは、母親がサラサお姉さんの赤ちゃんを守ろうとしていた事を知る。  そして、その意見は通らない現実も。 「だから、お願い。あの子には ……。ナーシーちゃんには会わないで ……。あなた達に何あったら ……」  母親は二つの命が消える場面を目の当たりにしている。傷付いていたのは、母親も同様だった。  赤ちゃんの母親のサラサお姉さんは一番ショックだっただろう。  しかし、そんな風習を今だに信じている。  ニーナは事実を知り脱力する。ただ、理不尽な話だった。  それからシーナはずっと家に閉じ籠り、春になっても農作業をせず、生きる気力を失くしていた。  こうして、また収穫祭の日になる。  変わらず家に閉じこもっているシーナに母親は話しかける。  収穫祭の日は大人は酒を飲み村から出ない。  だから、その日だけナーシーに会っていいとの事だった。  母親はあれから、隣村付近を待ち伏せし、ナーシーの母親との接触していた。  敵対している隣村に行くなど、危険行為。  しかし、母親は武器一つ持たず会いに行った。  無礼を謝り、シーナとナーシーを収穫祭の日だけ会わせて欲しいと頼み込むと、了承してくれた。  母親達が村人が出ていかないように監視し、二人は会う事が叶った。  夜が明ける前、シーナはこっそり帰って来た。 「ありがとう、お母ちゃん」 「うん」 「私ね、村の人じゃなくて風習を恨むと決めたから!」 「え? うん、そうね」 「あとね、ナーシーは元気だよ! お母ちゃんに心配しないでと言ってたから!」 「…… そう」  母親は背を向け、ただ黙っていた。    その日からシーナは変わった。  また、村の仕事を率先して手伝い、村人との交流を始めた。  そして、女は読み書きなど出来なくても良いと言われる村の風習がある中、文字を覚え始めた。  字を覚えると、町で草履を売った貴重なお金で本を買って勉強した。  読むのは、この国の歴史や風習について書かれている難解な本。字を学び始めたばかりのシーナにとって言葉の意味すら分からない。  その為、次はお金を貯めて辞書を買い、調べては書き写し、覚え、何度も読み理解しようとした。  シーナは仕事以外の時間を、草履作りの内職と勉強や本を読むことに費やした。  この世の生業を変えたいなら、まずはこの世を知らないといけない。その一心だった。  二人は手紙を、あの湖の前の木の下に置いておき、互いが知った情報を交換し合った。  そして、収穫祭の夜は一年を通して分かったことについて話し合う。  全ては、この世に同時に生まれてくる赤ん坊達の為と、自分たちが姉妹として気兼ねなく会える世の中にしたかったからだ。  それから月日は流れ、シーナはやっと有力な情報を入手した。  もう辞書で調べなくても、難しい用語をスラスラと読めるようになっており、かなりの年月が経っていた。  収穫祭の夜。  親に監視を頼み、二人は湖の前で落ち合う。 「シーナ!」 「ナーシー!」  二人は抱き合い、一年振りの再会を喜ぶ。 「情報を入手したの!」 「本当!」 「うん! 風習について疑問視している人をやっと見つけて古文書を見せてもらったの!」 「何て書いてあったの? 風習の理由は!」  冷静な性格のナーシーでさえ興奮する。  風習の起源が分かる事により、解決法が見つかるかもしれない。その一心で二人は国中に渡り、本や情報を探していた。  その期間は十三年。  二人は二十歳になり、立派に成長していた。 「あまりはっきりしないから、期待しないで ……」  シーナはそう言い、書き写しさせてもらった紙を出す。  同じ物が二つある。それは縁起の悪い事とされ、悪魔の仕業だと考えられていた。  だから、同じ物が二つある状態を作らない為に、一つだけにしたり、非効率だと分かっていても三つ以上作ったりして二つ同じ物がある状況を避けようとしていた。  もしそれが二つになってしまった場合、それを処分して悪魔を祓わないといけないとされている。 「悪魔 ……」 「ごめん、これ以上見つからなかった ……。悪魔についても調べたんだけど、根拠なくて ……」 「…… これが全てなんだよ」 「え?」 「ちゃんとした根拠なんてなかった。それが答えだよ」 「そうだね ……」  二人は国中を模索し、風習の根拠が記してある本を探し、人々の話を聞いた。  しかし、根拠のある話には辿り着けず、箸や草履を三つ持つ事を疑問に思っている者は殆どいなかった。  風習だから ……。  その一言で片付けられていたんだと、十三年間国中を駆けずり回った二人は結論付けた。  そんな事の為に自分達は引き離され、生まれたばかりの命は消えたのか ……。  二人は脱力し、草むらに横になる。  今宵の月も美しく、二人を優しく照らす。 「…… ナーシー、私諦めないから! 悪魔がいない証明をしたら、同じ物が二つあっても怖くないでしょう?」 「シーナは絶対諦めないよね」 「うん! 絶対にやり遂げる! 人生かけると決めた!」 「私もだよ、シーナ」  二人は手を握り合い、美しい満月に誓う。 「これ、お母さんが一緒に食べなさいって」  シーナは二つの握り飯を出し、一つずつ食べる。 「村の人も、最近は二つくれるようになったんだ」 「え?」 「勿論、みんなじゃないよ。でもね、箸や草鞋は二つだけで良いって言う人もいるの。だから、少しずつ変わるよ ……。少しずつ ……」 「うん、そう信じてる」  二人が見上げた空には美しい月が輝いていた。  まるで二人を激励するかのように ……。
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