前編 月夜の出会い

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前編 月夜の出会い

「どうして、草履(ぞうり)は三つないとダメなの?」  少女は母親に問う。 「そうゆう風習なの」  少女の母親はそう言いながら、草鞋を失くしてしまった事により、二つしかない草鞋を燃やす。 「これ履けるよね? 私、二本足なんだから!」 「そうゆう風習なの。それより湖に遊びに行ったら駄目っていつも言ってるでしょう?」 「いつもそう言うけど、どうして遊びに行ったらダメなの?」 「風習だから」  ── 風習、風習、風習。大人はそればっか!  少女は、この村の風習に嫌気がさしていた。  とある小さな国に存在する、小さな山奥の村。  この村は変わっていた。  二つで事足りる物。例えば草鞋、箸などでもわざわざ三つ用意する。  使用しないのに作り、使用しないのに側に置く。一つが紛失や破損すれば、残りは焼却する。  村人全てはその風習を守っており、少女はその風習に疑問と不満を持っているが、どの大人に聞いても理論的に話をしてくれない。  ただ、「風習だから」の一言で片付けられてしまう。  少女の名前はシーナ、六歳。  今までは大人の言うことが全てだったが、最近は自我が芽生え、疑問や不満をぶつけるようになる年頃だった。 「あら、シーナ」 「サラサお姉さん!」  家を出ると近所の人が声をかけてくれる。  小さな村の人々は温かく皆顔見知りだった。 「これ、お母さんと食べなさい」  そう言い、握り飯を三つくれる。 「ありがとう!でも、うちは二人だよ?」  シーナの家は、母一人子一人の母子家庭。  父親はシーナが一歳の時に病で亡くなっている。  働き手が失くなったこの親子を見捨てなかったのも、この村の温かさ故だった。  母親はシーナの手が離れるまで、村民の義務である農作業を免除してもらい、今でも無理のないように配慮されている。  また、幼いシーナにひもじい思いをさせないように、食べ物をくれる村民ばかりだった。  皆シーナを実の娘のように可愛がり、大事に育てられていた。  しかし、皆、必ず三つくれる。何度も二人だと言っているのにだ。 「シーナが二つ食べていいんだよ。でも、お母さんと食べてね」 「どうして?」 「そうゆう風習だから ……」 「また風習!」 「あ、動いた!」 「え! 本当!」  シーナはお姉さんの腹部を触る。  サラサお姉さんは現在身ごもっており、今年の冬に赤ちゃんを産まれると言われている。  この村の子供はシーナだけであり、とても楽しみにしていた。生まれたら世話を手伝う。そう約束するほどに。  実りの秋、作物の収穫が行われた。  今年も豊作であることを村人は喜び、神に感謝し、今宵豊作を祝う宴の用意がされた。  それは村の収穫祭。収穫が終わった後の次の満月の夜に執り行われる神聖な儀式。  村人全てが、踊り、笑い、酒を飲み、収穫した食材で作ったご馳走を食べる。収穫や命に感謝をし、大いに盛り上がっていた。  しかし、子供のシーナは一緒に盛り上がれず、今年は一人村から抜け出し、風習で行ってはいけないとされている夜の湖に行く。  湖周辺は多くの木々に囲まれ、秋の野花や草が風に揺れ、虫は美しい音色で鳴いていた。  シーナは五感全てを使い、秋という季節を感じる。  空を見上げると、月は大きく、丸く、明るくシーナを優しく照らしてくれる。  それは湖も同様で、美しい月が透き通った湖に反射して映っている。  それはこの場所を、より幻想的にしているのだった。  シーナは、そんな湖に映った月を見て驚く。 「月が落ちて来たんだ!」  そう言ったかと思えば、ためらうことなく湖に飛び込み月を取りに行く。  月が反映した場所に辿り着いたシーナは、手で持とうとするが取れず、(すく)おうと両手の小指同士をくっ付けてゆっくり水を持ち上げるが当然掬えず、目には見えるのに触れない、不思議な事が起きていた。 「月が落ちてきた!」  そう叫び、湖に入ってくる少女が現れた。  その少女もシーナと同様の行動をするが、手に取れず混濁の表情を浮かべていた。  その様子を見ていたシーナは湖を見て驚く。  月だけでなく、目の前の少女の顔や体も二つあった。  シーナは得体の知れない状況に後ずさる。  しかし、よく見ると自分にも顔と体が二つある。  もう訳が分からず、湖から慌てて出ようとする。  実は、この世界は文明があまり発展しておらず、人々は人や物が二つに見える現象をよく分かっていなかった。 「待って! これ、お日様が出た時に出来る黒い物と一緒じゃないかな? あれ、悪い事しないでしょう? それと同じなんだよ!」 「…… あ、確かに ……」  シーナは少女の話に頷きながら近付く。  そして二人で手を伸ばして動かすと、湖に映った手が一緒に動く。  二人は夢中で手を動かし、同じ動きを楽しんだ。 「私、ナーシーというの」 「え! 私はシーナ!」 「似てる! 面白い偶然だね!」 「うん!」 「私、最近引っ越して来たんだけど村に子供居ないんだよねー」 「え? 私の村にも居ないよ」 「友だちになってくれない?」 「私も言おうとしてたところ!」  二人は互いに顔を見合わせ笑う。 「あ、シーナの顔が湖に映ってる」 「ナーシーも!」 「…… あれ?」  二人は湖に映った顔を見て、互いの顔を見合わせる。 「私たち ……。同じ顔してる ……」
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